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[ネコミミ花火の物語] 迷子のネコと私と…

 キスケがまた行方不明だ。

 よりによって今…。

 今日は年に一度の花火大会。ネコミミまつりの花火大会だ。
 私はクラスメイトのナオナオたちと一緒に花火を見る約束をしていた。

 この花火大会は、想い人と一緒に見に行くと成就するという伝説があり、クラスのイケてる女子たちは、誰と花火を見に行くのかで盛り上がっていたようだ。

 私たちには関係ない…。
 高校二年生にもなれば、恋愛にうつつを抜かしてもいいわけだけど、私はどちらというと友情を深めたいお年頃だった。

 一生に一度しかない高校二年生の夏に友達と花火を見るのだってなかなかの青春なんだぞ。

 それなのにキスケのやつ…。

 キスケは我が家のアイドル。つまり飼い猫である。

 時々こうして脱出してどこかへ行ってしまう。自分で帰って来れる子ならいいんだけど、キスケは家から離れすぎるとひとりで戻って来れない。おまけに喧嘩っ早いので目を離すとすぐ怪我をしてしまう。

 早く見つけないと…私はキスケを家に連れ戻さないかぎり花火なんか楽しめる気分にはなれないのだ。

 なれない草履の鼻緒がギリギリと指の間に食い込んで痛かった。
 ちょうど浴衣を着終わったタイミングで逃げ出したのだ、キスケのやつは。

 帯の間に挟んだスマホを取り出し時間を確認すると、ナオナオたちと待ち合わせしている時間になってしまった。

 しかたなく私はグループにメッセージを送った。

「キスケ脱出中。ごめん先行ってて」

 私のメッセージはすぐ既読になりナオナオから大きな泣き顔のスタンプが届く。

 花火開始まであと三十分。キスケが遠くに行っていなかったら見つかるはず。

 意を決して花火大会会場とは反対方向へと向かおうとしたその時、後ろから声をかけられた。

「あれ? ミキ? 何してんの?」

 振り向くとヒロキが立っていた。
 斜め向かいに住んでいる同じ歳の幼馴染。高校も一緒だ。

 昔はただの悪ガキだったのに、今ではすっかりスポーツ万能のイケメンモテ男に成長してしまった。

 ヒロキは振り向いた私の頭からつま先まで視線を動かして何かを確認したようだった。
 どうせこれからデートする相手と比較して、やっぱり自分の彼女はかわいいなとでも思うのだろう。

 ヒロキに彼女がいるのかどうかなんか知らないけど、どうせデートなのだろう。腹立たしい。

「キスケが逃げちゃったんだよ。まったくこんな時に」

 私はヒロキに浴衣姿をじろじろ見られているのが急に恥ずかしくなって、仁王立ちになり腕組みをして女っぽさを帳消しにした。
 花火大会だからっておしゃれしているとヒロキには思われたくなかったのだ。

「…え、まじで? 手伝おうか?」

「なんで? いいよ。あんたはデートに遅れないように急ぎなよ」

 私はそう言い捨ててその場を走り去った。

 …まったく今日はついてない。キスケは逃げるし、デート前のヒロキに遭遇するし。

 私は自分がなぜ腹を立てているのかわからずに、走った。

 バカバカ、キスケのバカ。ヒロキのバカ。

 久々に見る私服姿のヒロキを見て、少し大人っぽくなったなと思った。

 私なんて浴衣を着たってまるで色気もない。どうせ七五三みたいだし。

 自分だけ子供のままで周りがどんどん大人になっていってしまうような感覚に、私は焦りを感じてしまった。
 ナオナオたちだって、今は友達とつるんでいるけれど、来年は彼氏と一緒に行くとか言い出すかもしれない。

 そしたら私はどうしたらいいの?
 ひとりでさみしくお留守番か!

 そんなこんなでキスケが逃げ出した気持ちも少しわかるような気がしてきた。

 キスケは浮かれている私を見て腹を立てたのかもしれない。

 あちこち走り回って探したけれどキスケは見つからなかった。

 私は走りつかれて近所の神社の階段に座り込んだ。
 浴衣の中が汗びしょで気持ち悪かった。
 自販機で買った水をごくごく飲む。

 時間を確認すると、花火開始まであと数分だった。

 キスケは見つからないし、汗だくだし、花火は始まってしまうし最悪だった。

 携帯を確認すると、ナオナオから何件もメッセージが来ていたので、「まだ見つからん」と返事を返した。
 彼女もキスケのことをよく知っているのでこれで私がまだ合流できないことを理解してくれるだろう。

 ふーっとため息をついていると、向こうから誰か来るのが見えた。

 ヒロキだった。

「あ、いたいた」

 ヒロキも私に気が付くと片手をあげて走って来た。
 その胸にはキスケが抱かれてた。

「キスケ!?」

 私は立ち上げるとヒロキのもとに駆け寄りキスケを受け取ろうとした。
 するとキスケはヒロキにしがみついて離れなかった。

「ははは、キスケは俺の方が好きみたいだね」

 ヒロキは慣れた手つきでキスケの背中を撫でた。
 そう言えばキスケはヒロキに懐いているのだった。

「それにしてもあちーな。その水ちょうだい」

 私が持っている飲みかけの水を指さしてヒロキが言った。
 ペットボトルを渡すと、ヒロキはためらいなく口をつけてグビグビと水を飲んだ。

「ありがとう生き返ったよ」

 そう言うと、ヒロキはキスケを抱いたまま神社の階段を登り始めた。

「ちょっとどこいくの?」

 私が言ったと同時に夜空に大きな花火が上がった。
 始まったのだ。ネコミミ花火大会が。

「この上からよく見えるよ、行こう」

 ヒロキが神社に登って行ってしまったので私も後を追った。

 無人の小さな神社なので人気はまるでなかった。
 ヒロキはお賽銭を投げ入れて神様に手を合わせたので私もそうした。

 そして私たちは二人並んで神社の軒下に座り花火を見た。

 神社からは鳥居越しに花火がよく見えた。

「特等席だね」

 ヒロキが嬉しそうに言った。
 彼の膝の上ではキスケが気持ちよさそうに喉を鳴らしていた。

「あんた今日、デートだったんじゃないの?」

 私が言うと、ヒロキは「んーー?」とはっきりしない返事をした。

「まあね、話したこともない子でさ。誘ってくれた人はたくさんいたんだけど…」

 …たくさんいたんか。

「できれば知らない子と行くのは嫌だったんだけど、その子が話してる途中で泣き出しちゃってさ…断り切れなくて…」

 …なんて奴だ。モテ男がクソ。
 私はなんだか悔しい気持ちだった。何に対して悔しく思っているのか自分でもわからなかった。

「デートすっぽかしたらその子また泣いてるんじゃないの?」

「いや、ちゃんと用事ができたら行けなくなったって連絡したよ」

「…それドタキャンじゃん…」

「それより、ミキもデートだったんじゃないの?」

 ヒロキがキスケの喉をくすぐりながら言った。

「わたし? そんわけないじゃん。ナオナオたちと行く約束してたんだよ」

 それを聞いてヒロキは「そうか」とひとこと言って心なしかほっとしたような表情になった。

 ドン、ドン、ドドンと花火が鳴って色とりどりの光が空にあふれた。

 私は急に気まずくなって、花火に視線を移した。

「高校に入ってからさ、」

 ヒロキが言った。私は彼の方を見れなかった。

「ミキがどんどん遠くに行っちゃった気がしてさ…ミキだけどんどん大人になって置いていかれてるって感じで」

 …何言ってるんだこいつ…。と私は思った。それはヒロキの方じゃん。

 私はヒロキの方を盗み見た。
 彼はキスケを見下ろしながらその喉元を撫でていた。

「ま、今日、久々に話してあんまり変わってないからホットしたよ」

 ヒロキは顔をあげるとニカッと笑った。それはガキのころのヒロキそのものの笑顔だった。

 見慣れたヒロキの顔…なんだけど、私はどうしてだかその笑顔に射抜かれたようにズキュンとなってしまった。
 私は「うっ」と言いながら胸を押さえて体を二つに折った。

「え? 何? 大丈夫?」

 ヒロキが慌てた声で言ったので私は笑い出してしまった。
 私が「何でもない」と言ってさらに笑うと、ヒロキも笑い出した。私が何で笑っているのか奴には一生分からないだろう。だって私も分からないのだから。

「ねえねえミキ」

 笑いの発作が収まるとヒロキが言った。

「来年も一緒に見に来ようよ花火」

「何で来年? ずっと先じゃん」

「ミキと来たいんだよ俺は…」

 私はその言葉の真意を測りかねて真顔でヒロキを見返した。
 ヒロキも真顔になって私を見返していた。

 ドン、ドン、ドン、と打ち上がった花火の色がヒロキの頬に反射していた。
 連発して何発も上がっているのできっとフィナーレだ。

 このまま見つめ合っていてはいけない気がして私は目をそらして花火を見た。
 見事なしだれ柳が空に咲いていた。

 パリパリパリと火花が弾ける音が最後に残って聞こえてきた。

 この雰囲気が嫌だった。この二人の間に子供のころとは異なる雰囲気のものが入り込んでくるのが嫌だった。
 私がずっとはぐらかして来たのはこれだったのだ…と少し解った。

「来年はヒロキには別に彼女がいるかもしれないし、私にも、か、彼氏とかできてるかもしれないじゃん…やくそくなんてできないよ…」

 私の声はだんだんと小さくなってしまった。

「じゃあ、とりあえずさ…」

 気を取り直したような声を出して、ヒロキはキスケを抱き上げると彼を私の膝の上に置き、ポケットから携帯電話を取り出した。

「連絡先交換してよ」

 意表をつかれて私はきょとんとしてしまった。

「は? 連絡先?」

「さっき気が付いたんだけど、俺ミキの連絡先知らないんだよね」

 そういば、そうだった。これまで必要なかったから…。

「いいけど…家、目の前なのに必要?」

 私は携帯電話を取り出してヒロキと連絡先を交換した。
 なんだか変な感じだった。

「じゃあ、帰ろっか」

 ヒロキが言った。花火大会は終わってしまった。
 ナオナオたちとはついに合流できなかったな…と思った。この後会いに行ってもいいけれど、何となくヒロキと一緒に帰りたいと思った。

 私はナオナオたちにキスケが見つかったことと、花火は終わっちゃったので帰ることにしたと伝えた。
 私のメッセージはすぐに既読になり、泣いているスタンプや親指を突き立てスタンプがいくつか送られてきた。

 ふと顔をあげるとヒロキが覗き込んでいたので私は携帯の画面を隠した。

「ちょっと、見ないでよ」

 私が怒るとヒロキはふふふと笑って神社の階段を降りて行ってしまった。
 慌てて立ち上がり私はヒロキの後を追った。キスケが私の肩の上に移動してゴロゴロ喉を鳴らした。

「待ってよ、足が痛いんだから」

 階段を降りて行くヒロキを呼び止めると、彼は自然に私の方へと手を伸ばした。
 私は無意識にその手をとり、手を繋いでしまった。

 それからヒロキが手を離してくれなかったので、私たちはずっと手を繋いで家まで一緒に帰った。

 空には夏の星座がところ狭しと輝いていた。

(おしまい)


【ネコミミ花火】ストーリーで参加します☆

とある二人の高校生の場合でした。
こんな感じでよいのでしょうか…?

よろしくお願いします。

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