「あなたの望むからだを手に入れるべき」と言われた気がした

昨年末から本格的に乳房縮小手術に向けて動き出した。いくつかの美容整形外科に赴き、自らのぷわぷわとした性自認について要領の得ない説明をし、具体的な手術内容と費用について訊いた。

わたしの乳房はカップ数でいうとB程度だから、そこまで大きくはない。それでも、自分の身体に乳房が“ある”という事実それ自体が、ふくらみ始めたその日からずっとわたしの心を切り刻んできた。

男の胸のように真っ平らにはしたくない。ささやかなふくらみは残したいけど、服の上からはっきりと「女」であることがわかってしまうほどの大きさはわたしの心と剥離する。そんなあいまいな望みを、ある医師は真剣な表情で、ある医師はどうでもよさそうに、ある医師は好奇を滲ませた眼で聞いていた。

この世には男と女以外の心を持つひとも存在するということをいまいち理解していない高齢の医師に、都内のジェンダークリニックの受診を勧められたりもした。言われるまま予約を取ったけど、コロナを理由に結局キャンセルして、それっきりになっている。だって、いまさらジェンダークリニックなんかで訊ねることなんかない。診断も降りないんだから、保険だって降りないし。

それでも、話を聞きに行くことができたのはよかった。今の年齢であれば、もしかすると費用もステップも抑えられるかもしれないらしい。

若ければ若いほど、皮膚の弛みは戻りやすいと医師は言った。わたしの胸は幸いなことにそれほど大きくないこともあり、乳腺と脂肪の摘出だけで済む可能性がある、すなわち皮膚切除の施術は必要ないかもしれないとのことだった。皮膚切除をしないのであれば、費用も100万円以下に抑えられる。

コロナ禍で外出もしないし、今こそ手術に踏み切るタイミングなのではと思う一方で、怯えている自分もいた。小児喘息以外ほぼほぼ健康優良児として生きてきたわたしは、大病を患ったこともなければ(逆さまつげ治療以外で)外科手術を受けたこともない。皮膚を切られたり内容物を取り出されたり縫われたりする感覚がどんなものか、想像がまるでつかないのだ。

……と、29歳の誕生日を目前にうじうじ悩んでいたのだけれど。18日の夜中に、なんと急性虫垂炎を発症して人生初の救急車に乗るハメになり、そのまま緊急手術を受けることとなった。この文章も、病院のベッドの上で書いている。

術後は麻酔の影響からかひどい吐き気に襲われ、運ばれる前になにもかも嘔吐して胃は空っぽなのにまた吐いた。酸素マスクと付けっぱなしの点滴とパルスオキシメーターと、なにより尿道に入れられたカテーテルの、すべてが不快で不快で仕方なくて、一晩中半泣きでうめき続けてろくろく眠れなかった。

翌日丸一日は点滴のみで食事が許されず、もちろん風呂にも入れない。見かねた看護師さんに「歩けるようだったらカテーテルを外してあげる」と言われ、術後6時間後に気合いで自力で歩いてトイレに行った。

その次の日からは──白血球の数値がいささか高くて退院が少し延びたものの──順調に回復し、ベッドの上でMacBookを広げて仕事ができるほどになった。腹の傷口の痛みは、だんだんとマシになっていった。歩行時の姿勢も、初日は歩幅の狭いオランウータンだったのが、今じゃアウストラロピテクスにまで進化を遂げた。今日の朝の採血の結果、白血球の数値も無事下がっていたので、明日の午前中には退院が決まった。

入院している最中に、ひょっとしてこれは予行演習だったのでは、とふと思った。皮膚を切られる痛みはこれくらい、術後の苦しさと不便さはこんな感じ、入院に必要なものはあれとこれ、みたいに。神様が教えてくれた、なんて殊勝なことをいうタイプではないけれど、「あなたの望むからだを手に入れるべき」と言われた気がした。どんなもんか知りたいんだったら教えてやるから怯えたり躊躇ったりするんじゃない、おまえはおまえに相応しくない容れ物でこれから一生過ごすべきではない、と。

そんなことに考えを巡らせる入院生活であった。明日退院したら、乳房縮小手術について改めて調べてみよう。最初は反発したけど、ジェンダークリニックに一度足を運んでみるのも良いかもしれない。

今までだって、わたしはわたしのからだを手に入れるために、思い付く限りすべてのことをやってきた。髪を短く切り、ブリーチして、ピアスを開け、タトゥーも彫った。あとはこの乳房を小さくすれば、わたしのからだはほぼ完成である。

このしんどさをまた繰り返すって考えるとうんざりする気もしないではないが、今年こそ、一歩踏み出してみようかな。

この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,537件

読んでくださってありがとうございます。サポートは今後の発信のための勉強と、乳房縮小手術(胸オペ)費用の返済に使わせていただきます。