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小村雪岱スタイル(感想)_優れたデザインセンスによる装幀や木版画

2021年2月6日から三井記念美術館で開催している『小村雪岱スタイル-江戸の粋から東京モダンへ』へ行ってきたのでその感想などを。

小村雪岱(1887-1940)は、大正~昭和初期に装幀や挿絵の意匠、舞台美術などで活躍した。関東大震災が起きるまで資生堂の意匠部にいたこともあって芸術家というよりも商業デザインを手掛けていた人という印象だ。

本の装幀という仕事は、まず文字原稿がありきで、本屋で手にとってもらうために目を引いたり、原稿のイメージを損なわない(または増幅させる)という目的の伴う意匠が必要になる。そのため、原作者と読者のイメージを損なわない才能が求められ、なおかつ本の売上にも寄与しなければ仕事の依頼はこない。
雪岱が手がけた本の装幀は300冊におよぶらしいので、ただ美しいものを生み出すだけでなく、雪岱には文字原稿からビジュアルを具現化させて大衆に受けるものを生み出す才能もあったのだろう。

愛らしい意匠となる、最初の装幀本

小村雪岱がはじめて本の装幀を手掛けたのは大正3年(1914)のことで、泉鏡花本人から指名されて出来た意匠が『日本橋。 ​雪岱の手がけた装幀本ではこの本が最も人気があるらしい。

泉鏡花 日本橋

川の手前の蔵と奥に蔵が描かれており、奥の蔵は手前の半分くらいのサイズで描かれているため、わずかながら距離感を感じられる。しかし、斜め上からの視点なのに遠近感はほとんど感じられず、直線的に描かれた無彩色の蔵が整然と並ぶため少し無機質だ。
それに対して、空のピンクと川の水色の淡い色の組み合わせの印象は柔らかく、アクセントとして黒、黄、赤の蝶が多数舞っている様子は賑やかで、蔵との組み合わせが、なんとも華やかで愛らしい意匠となっている。

泉鏡花 日本橋_01

当時の書籍は見返しにも図案が施されていた。こちらは4枚ともパースがきいており小説の一場面を切り取った絵となっている。

泉鏡花 日本橋_02

全体的に控えめな色合いが画面を占めるのだが、女、鼓、紅葉の葉など、絵の中の目立たせたいところにだけアクセントに赤色を配置しているため、見た者が最初に目線がいくように配色されており、このあたりの計算された描かれ方がいかにも商業的な意匠だと思う。

泉鏡花 愛染集

華やかな印象の『日本橋』に対して、泉鏡花『愛染集』の表見返しとなる雪の降る絵はとても切ない。奥行きの強調され、雪が薄く積もった道の奥の方に女性が佇んでいる。サイズの異なる雪が無数に落ちていて、単純化された図案だがいかにも寒そうな空気感が伝わってきて、遠近感の消失点から少し左へずらしたところに、淡い水色の着物の女がぽつんと佇んでいるのも構図として巧い。

不思議な遠近感と空間の使い方のうまさ

木版画も展示されていたのだが、斜め上からの視点なのにほぼ遠近感のない奇妙な構図のせいか不思議とずっと眺めてしまう。

青柳 木版多色刷 1枚

「青柳」は畳の部屋に三味線と鼓が2つ置かれているだけなのだが、稽古の合間の休憩、または稽古前の準備なのか、などと想像させる。また、直線で構成された建物に対して手前の柳の枝がいい具合に柔らかい曲線のためゆったりとした時間の流れを感じる。

雪の朝

「雪の朝」は上下の線と単純化された雪の曲線の構図が美しく、無数の小さな雪とぼんやりとした格子からもれる明かりから日本文化の情緒を感じさせる。手前の曲線で描かれた空間が画面の大半を占める大胆な空間からは、音が雪に吸収されて静かな朝の景色を想像させる。

静かだが迫力のある意匠も

邦枝完二が新聞で連載していた小説『おせん』の挿絵「雨」の密集した傘の画面も美しい。

小村雪岱 「おせん 雨」 木版 1枚

ただ、広げた傘を並べているだけだが、様々に角度を変えた傘から画面にリズム感が生まれているし優れたバランス感覚がないとよっぽどツマらない画面になるところだ。また、描画されている線は実物を見ると、とても細く繊細。

お傳地獄_入れ墨

こちらも邦枝完二の小説『お傳地獄』の迫力も凄い。
美しい女の背中に彫師が墨を入れており、女の口元は腕に隠れて感情は伺えないが切れ長の目から感情の無い冷たさを感じる。
大きな乳房を下にしたやわらかい曲線と彫師の男のごつい腕との対比には怪しい色気と迫力がある。
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雪岱の女性の描き方が鈴木春信からの影響を受けているとのことで、本展には春信の作品も一部展示されていた。
比較してみると、たしかに女性の顔の雰囲気や、身体の動きを表現は少し似ているかもしれないが、雪岱の描く女性の顔は少し面長だ。また、原作ありきで挿絵を描いているのもあるが、少し憂いをたたえた女性に魅力がある。

大衆向けにデザインするとき、伝えたい情報にフォーカスするならば、優れたビジュアルは単純化していく必要があるのだが、雪岱の描くものには余計なものがほとんど描かれていないことも春信と異なる。
いずれにせよ、江戸文化の名残を感じさせつつ、昭和初期の文化を感じながらも、雪岱の優れたデザインセンスを感じられる展示内容だと思った。

小村雪岱スタイル_01


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