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本との対話

 対話する相手は、必ずしも人でなくとも良い。私は友達も少なく、また数少ない友と語り合う時間もあまりないため、本が良き友であり語り相手となってくれている。
 本を読んでいて実に楽しいのは、その文章の持つリズム感や展開のスピードなどが自分の呼吸に合っていて、読んだ後に爽快な気分を味わえた時。主人公と一体化し、その感情や思いなどがまるで自分のものであるかのように感じた時。自分が生きている時代とは全く異なる世界に生きる作家が、自分と全く同じことを考えていたことを知って感動した時。物語の登場人物が自分を励ましてくれているような、そんな温かい感情を抱いた時。本は私にとっての友である。
 さらに読書会を通し、本について語り合うことで自分の考えを言語化し、新たな視点も追加されていく。こういう作業は、より良く生きるために本当に大切な作業だと思う。
 キャリアコンサルタントとして相談者の方々と話をする中で、相談者の抱えている問題の多くは、自分というものを誤って認識していることに由来している。一人で悶々と悩む中で、客観的に自己を見つめることができなくなり、最悪な場合は精神的に自分を追い詰めてしまう。
 
 対話はやはり人間にとって大切である。

 NHKのラジオ番組「高橋源一郎の飛ぶ教室」は、私が毎週欠かさず聞いている番組で、作家の高橋源一郎さんがゲストを招いて気になった本を紹介する。以下はそのラジオ番組から引用したものだが、本を読むこと、そして対話することの意義を皆さんにぜひ感じていただき、豊かな人生を過ごしていただきたい。

 アン・ウォームズリー著『プリズン・ブック・クラブ コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

高橋 これは刑務所の中での受刑者たちの読書会。コリンズ・ベイ読書クラブで、実際に十数回にわたっての――2010年から2011年にかけてかな――読書会の記録なんです。読書会ですので、それぞれの活発なディスカッションみたいなのがあるんです。本も、スタインベックの『怒りの葡萄(ぶどう)』のような本格的なものからドキュメンタリー。エンターテインメントよりも、本格的な文学やノンフィクションものが多いですね。

高橋 これはベンさんという人です。ベンさんはカナダ生まれで、人を殺しちゃった人です。正当防衛が認められなかったんです。

読書会でこれまでに読んだ本で、どれがいちばん好きだったか訊(たず)ねてみた。「どれが好きっていうのではなくて、本を一冊読むたびに、自分のなかの窓が開く感じなんだな。どの物語にも、それぞれきびしい状況が描かれてるから、それを読むと自分の人生が細かいところまではっきり見えてくる。そんなふうに、これまで読んだ本全部がいまの自分を作ってくれたし、人生の見かたも教えてくれたんだ」。

あるとき、こんなふうに訊ねられた。もしどちらかひとつの読書会に参加するとしたら、トロントの女性読書会を選ぶか、それともコリンズ・ベイあるいはビーバークリークを選ぶか、と。あえて言うなら、わたしは刑務所の読書会を選ぶ。ワインもビールも、洋梨とリンゴのクランブルケーキも、珍しいチーズも[…]
刑務所の一室に受刑者たちとともに集うだろう。なぜなら、彼らの読書会には切実な思いが詰まっているし、あの場では、彼ら自身の人生やわたしの人生を変えるようなことさえ起こりうるからだ。彼らの言葉の少なくともひとつは、これから先も

高橋 社会で働いているとか何か仕事している時間から降りて、読む。そのとき初めて、自分と向かい合う。そういう時間がないと読書はできないです。
たまたま刑務所に入った人たちは、たぶんそれまでずっと厳しい環境にいて、本とも自分とも向かい合うことがなかったんです。
刑務所での読書会というのを通じて初めて本と向かい合ったことによって、自分と向かい合うことができた。というと…「よかったね」という言い方は変なんですけれど、これはすごい。