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わたしの10年もの 〈6〉

北村妙子さんのガラスポット

気に入ったものを色違いでそろえることを「色ち買い」というらしい。

服や小物など、これぞと思ったデザインを色違いで買うという人が、雑誌やSNSを見ているとたびたび登場する。それと同じく
「保存用に同じものをもう一つ」
なんて言う人もいる。好きなアーティストのCDとか、廃番になったら困る愛用品とか。どちらにしても、そういう人に出会った時、小さな羨望と嫉妬を抱かずにいられない。

理由の一つは、率直にお金の問題。
色違いや予備を買うということは、支払う金額が倍になるということだ。頭数が2個になるとはいえ、同じ(ような)ものに倍の金額を支払う度胸や余裕が私にはない。それならば別のものを、とすぐ、頭の中のウィッシュリストを参照してしまう。

もう一つは、ふたつぶんの情熱を持って「これが好き」と言い切るその自信が、まぶしいからだ。

どちらかの色は飽きるとか、しまいこんだままなんて無駄だとか、そういった算段を抜きにして(たとえそうなったとしても、少なくとも購入時は)、「これもください」と言える。その揺らがなさに、憧れる。

10代のころから、雑誌などで見るおしゃれな人は皆一様に「気に入ったデザインなら色違いを買い足す」と発言していた。私にとって「色ち買い」は、センスの良い人のステータスである。言えるものなら私も言ってみたい。それとも、私はまだ出会っていないだけなんだろうか。ふつうの倍の偏愛を持って、「欲しい」と思えるものに。


だけれども。

タイミングが合えば、「予備にもう一つ買っておこうかな」と思うものが一つだけある。それが、この北村妙子さんのガラスポット。朝起きてこれで沸かした白湯を飲み、午後になればこれでコーヒーをいれ、夕食後のお茶も時間がない日のカップラーメンも......。これがなければ暮らせないほど愛用している、耐火のガラスポットである。

最初に出合ったのは京都の雑貨店「Kit」。
たぷんとした愛嬌のある瓶底に、アーチでも半円でもないL字型の持ち手、柔らかく開いたくちばし。そのバランスがとても好ましく思えた。まる、さんかく、シカクのすべての要素が少しずつ合わさったような形。シンプルなのにありそうでないプロポーション。

耐火、つまり直接火にかけられるという点も、もちろん魅力的だった。透明なガラスの中で、コポコポとお湯の沸くようすを眺めるのはきっと楽しいだろう。重たい薬缶になみなみと水を張り、コンロにかけるよりずっと軽快だ。味は落ちるだろうけど、冷えたお茶やコーヒーを温め直すのにも、きっと役立つ。

けれど、火にかければ焦げついたり、油汚れが付いたりして洗わなければならなくなる。私がこれまで数々のガラスポットの購入を見合わせてきた一番の理由はそれだった。割れないように注意しながら、ガラスの蓋を、細い注ぎ口を、弧を描いた持ち手を洗う。
アカン。想像しただけでもう既に、割れている...。


けれど、北村妙子さんのガラスポットを見た瞬間に思った。

「これなら......洗える!」

こぶし一つがちょうど入るくらい広い開口部。繊細な注ぎ口はない。蓋つきのタイプもあったが、そそっかしい私には必要ない。ハーブティーなどをいれる時は、金属製の薄い小皿をのせて蒸らすことにした。1Lも入らないけど、飲み物でそんなにたくさんのお湯を沸かす時が日常であるだろうか? 冷蔵庫の麦茶は水出しにしているし、大量のお湯が必要になったら鍋を使えばいい。

そう考えて購入したのが5年ほど前だろうか。
実は、一度ヒビを入れてしまい、作家さんに相談のメールを送ったら修理してくださった(ガラスが修理できるなんて驚き!)。しかしその1年ほど後、再びパリンと割ってしまい、しばらく不在のまま過ごした。不便。不便である。作家ものは、買い直したり買い足したりしようとしても、同じものがすぐ手に入らないことが多い。その時私は心の底から思ったのだ。


「同じものをもう一つ」


そう言って買っておけばよかった。
ガラスなんてどう気をつけていても、割れるリスクは避けられないのに。
今すぐ使わなくたって、いつか“やらかした”自分を助けてくれるのは明白だ。
毎日使うのに、使わない日はないのに!

滝のような後悔に打たれ、再びわが家にやってきたガラスポットはすなわち2代目。大阪の雑貨店「暮らし用品」に入荷があると知り、いそいそと買いに出かけたのだった。

その時、蓋つきのタイプは完売していたものの、私が愛する蓋なしの方はいくつか在庫があった。
今! 今こそあのセリフを言うときじゃないか!
もう、このガラスポットを使い続けることは証明されている。迷う理由などどこにもない。今こそ......


「同じものをもう一つください」

「えっ? 贈りもの用ですか?」

「いえ。本当に気に入っているので、割れてしまった時のためにもう一つ欲しくて」


そんな店主さんとのやりとりが完全に脳内再生されたにもかかわらず。

私は結局、ガラスポットを1つ購入した。

9,000円×1=9,000円
9,000円×2=18,000円

きわめてシンプルなかけ算式に、憧れのセリフはかき消された。

ていねいに包んでくれたガラスポットの紙袋を片手に提げて、行きたかった食堂でランチを食べ、大阪で気に入りの店をいくつかのぞいてちょこまかと買い物をして帰った。予備のガラスポットになるかもしれなかったお金は、何に使ったかよくわからないまま消えてしまった。けれどその日、2代目のガラスポットを抱えて街を歩いた時間はとても、うれしかったのだ。


今使っているガラスポットが割れてしまったら、「もう一つ買っておけばよかった」と、再び滝のような後悔をするに違いない。それはもう、目に見えている。ただもし今、ふいに訪れた雑貨店でこのガラスポットが入荷していたら、予備に買っておきたいという気持ちがあることに変わりはないのだけれど。

まだまだ私には、あのセリフを言える日は遠いということか。


◯北村妙子さんのガラスポット(取扱店は、例えばこちら「暮らし用品」さんなど)
http://www.kurashi-yohin.com/


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