茶の間のツナトースト

2本目の親知らずを抜いた一週間後のこと、御所東にある喫茶店「茶の間」を訪ねた。
抜歯後の痛みもかなり治まってきて、この日は抜糸と消毒。しかも、2月とは思えない小春日和とあらば、足取りも軽くなるというものだ。光がたしかに春になりつつあることに浮き立ちながら、京都御所に寄り道してほころび始めた梅を一通り眺めたところで、おなかがすいた。すぐ近くにあったのが「茶の間」だった。

この店の名物はカレーである。
しかも、かなり辛い。
以前に訪ねたのはもう10年近く前かもしれないが、辛くて辛くて、でもとてもおいしかったことは記憶にある。抜歯一週間後に食べるものではないことは明らかだったけれど、久しぶりにあの空間を味わいたくなって、軽食でもいただこうと足を運んだ。

メニューを選ぶとき、「外さないように」と食べたいものより評判のものを意識するようになったのはいつからだろう。
子どものころは、ショーケースの中でフォークにからまったまま宙に浮いたスパゲッティーや透き通ったクリームソーダにワクワクしながら、素直に「食べたいもの」を選んでいたはずなのに。

「茶の間」の扉を開けるや、スパイスの香りがふわんと漂う。席に着くと、こぢんまりとした店のあちこちからオーダーの声が聞こえてきた。
「カレー1つ」
昼休み中のビジネスマンらしき人が多く、みな次々とカレーを頼み、
「辛さは普通で」（注*普通でもかなり辛い）
「水ちょうだい」（辛い）
「ルーおかわり、マイルドで」（ルーがおかわりでき、2回目は辛さレベルを下げるという玄人オーダー）
と常連らしいやりとりが続く。

いやしかし、今日の私は歯茎に穴が空いている。

スパイシーな香りと飛び交うカレーコールに一瞬心が揺らいだが、今日は奥歯が痛い。口いっぱいに広がる辛さとコクではなく、サクッとかじれるトーストかサンドイッチが食べたいのだ。体というのは正直で、風邪を引いたときお粥や梅干しがことさらおいしく感じられるように、今私が欲しているのは、パンだ。左側だけで噛めるやつ！

そんな心のラリーを経て頼んだのが「ツナトースト」。
思った以上にパンが厚く、大きく口を開かなければならなかったけど、左側で一口かじるとこれがとっても、おいしい。
サックリとトーストしたパンは内側がもちもちで、ツナもきゅうりもちゃんと存在感がある。不自由な口でカバのようにゆっくりと咀嚼しながら、常連さんのカレーのカスタマイズにふむふむと耳をすませる。なかなか参考になる。けれど、こうなると他のパンメニューも試してみたい。

何の前情報もなく、心のままに選んだメニューが期待外れだったり見本と違ったりしていたら、小学生の私は泣きたいほどにがっかりしたっけな。けれど、気に入りのメニューに出会ったら浮気せずそればかり頼んでいた。家族で外食に行くたびに「またあれを食べよう」と心が踊った。誰が決めたわけでもない、自分にとっての定番メニュー。
そういう外食の仕方をもっと思い出したい。