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理想の暮らし

目を閉じると、ざざん、ざざん、と微かに波の音がする。

朝十時。

やりかけの家事をほったらかして、昨日使って洗ったばかりのシュノーケルセットを掴んで家を飛び出す。

丸っこくて小さい、おもちゃみたいなスクーターに乗って、海辺までひとっぱしり。

ビーチサンダルを脱いで裸足になると、湿った砂の熱を感じる。

砂に足が沈む感覚を感じながら、波打ち際まで歩く。

さぁっ、さぁっ、と穏やかな波が、足の甲を撫でていく。

服を着たまま、海の中へ入っていく。

遠浅の海。

やっと腰までつかるくらいの深さのところまで来たところで、シュノーケルのマスクをつけて、海の中を覗いてみる。

いたいた。

小さな熱帯魚たちが、ぴゅぴゅぴゅっと泳いでいる。

じっと動かないようにして、そのまましばらく観察する。

水面にうつ伏せになって浮かぶようにして、そうっと私も泳いでみる。

魚たちはびっくりして、またぴゅぴゅぴゅっと素早く泳ぎ回る。

ゆっくりと手足を動かして、魚たちをなるべく驚かさないように、海の中を静かに泳ぐ。

魚たちを見るのに夢中になっていて、ふと気づくとゴツゴツした岩が目の前に迫っていた。

危ない。いつの間にか随分と遠くまで泳いできてしまっていた。

パニックにならないよう、慌てる心をなだめつつ、でも急いで浜辺に向かって泳ぐ。

やっと浜辺に置いてけぼりにしていたビーチサンダルのところまでたどり着いてほっとひと息つくと、お腹が空いてることに気がつく。

そろそろお昼時かな。

そう思って帰ろうとするが、ああ、またタオルを持ってくるのを忘れてしまった。

いつもこうだ。

浜辺に座って、少し体が乾くのを待つ。

大丈夫、太陽の日差しで、あっという間に乾いてしまう。

水が滴り落ちないくらいまで乾いたら、またバイクをゆっくりと走らせて、家に向かう。

少しくらい濡れていたって平気だ。

生ぬるいはずの風は、濡れた服ごしだと少し冷たく感じる。

すぐにシャワーを浴びて、ついでにシュノーケルセットも洗っておく。

髪を乾かしながら、お昼ご飯のメニューを考える。

冷蔵庫の中には何があったっけ。

よし、今日はカレーにして、お昼ご飯と夜ご飯をいっぺんに作っちゃおう。

煮込みながら、また作りすぎちゃった、これは明日もカレーかな、なんて考えていたら、玄関をノックする音がする。

はぁい、と言ってドアを開けると、友達がニコニコして立っている。

「いちおう来る前にLINEしたんだけど」という彼女に、「ごめんごめん、海に行ってたから」と返しながら部屋にあげる。

「海に行ってたんだ。そっかぁ、午後から行かない?って誘おうと思ってたんだけどなぁ」

三度の飯より海が大好きなわたし。

「いいよ、行こうよ!一人で行く海と、友達と行く海はまた別でしょ」

なんて自分でもよくわからないフォローを入れて、誘いに乗ってしまう。

「お昼もう食べた?カレー作ったんだけど、一緒に食べない?」

「えっ、いいの?食べたい!朝ごはんが遅かったから、まだ食べてなかったんだ」

お気に入りの白地に青い模様の入ったお皿を出して、カレーをよそう。

友達がきているから、なるべく綺麗に。

ルーとごはんの割合に細心の注意を払ってよそう。

大きめのお肉がたまたま入った方のお皿を彼女に差し出す。

なんの変哲もない普通のカレーだけど、美味しい美味しいと、嬉しそうに食べてくれる。

彼女がお裾分けにもってきてくれたフルーツをデザートに食べて、お腹がいっぱいになる。

二人とも動きたくなくなって、床にごろんと横になって休憩する。

海で泳いだ疲れもあって、瞼が重たくなってくる。

いつの間にか二人ともうとうとして、ちょっとだけ眠った。

夢の中で、二人で海に行った気がした。

目を覚ますともう三時を過ぎている。

彼女はもう見るからに海に行く気をなくしている。

何を話していたのか思い出せないような、でも楽しいおしゃべりで時間をつぶす。

もうすぐ日が暮れるころ、

「ねぇ、夕陽を見に行こうよ」

と、このまま寝そべっていたそうな彼女を無理やり起きあがらせる。

二人でバイクで連れ立って、海に向かう。

浜辺に座ると、どこかから弦楽器を弾いている音が聞こえてくる。

心地いい調べになんとなく耳を傾けながら、夕陽が沈んでいくのをぼーっと眺める。

夕陽が水平線の向こうにいってしまうと、なんとなく帰る雰囲気になって、二人とも立ち上がる。

暗くなった浜辺でお尻についた砂を払いながら、

「いつものとこでなんか食べてく?」

と彼女が言う。

わたしはさっきのカレーがまだたくさん残っていることをすっかり忘れて、

「じゃ、いったん家にバイク置いてさ、歩いていって軽く飲もうよ」

と返す。

飲んだあとは、きっと家がちょっとだけわたしより遠い彼女は、うちに泊まっていくんだろうな。

そう思って途中でスーパーに寄って、明日の朝ごはんになりそうなパンを買う。

二人のお気に入りのお店に着くと、お気に入りのカクテルとおつまみを頼んで、

「こんなに長い時間一緒にいても、話が尽きないなんてすごいよね」

といつもどおり自分たちの相性の良さを讃えながら、ゆっくりと酔っ払っていく。

「こんな時間がずっと続けばいいよね」

酔いにまかせてちょっとクサいことも言ってみる。

気持ちよく酔っ払ったところで切り上げて、二人でふわふわと夜道を家に向かって歩く。

電灯がぽつんぽつんとあるだけの暗い道。

どこかから虫やカエルの声がして、やっぱり耳を澄ますと海の波の音もする。

ざざん、ざざん。

さぁーっと砂を撫でる波の音も聴こえた気がした。




・・・




私は今台湾に住んでいますが、もともとはすごく海が好きで、海の近くに住むのが憧れでした。

宮古島や与論島に旅行に行っては、こんなところに住んでみたい、なんて思っていました。

だから、せっかく沖縄より南の、こんな暑い国に住んでいるのに(台湾は地図で見ると石垣島のすぐそばです)、マリンブルーの海が近くにないなんて、と残念に思っていました。

でも、もちろん台湾にも沖縄や奄美諸島に負けない綺麗な海はあるのです。

最近クラブハウスで知り合った、台湾の澎湖(ポンフー)という島に住んでいる方が、インスタグラムに綺麗な海に一人でバイクに乗ってシュノーケルに行く、という投稿をされていました。

それを見た時、「あっ!これが私の理想の暮らしだ」と思って、妄想を膨らませて、そのまま書き出してみました。

いつか、澎湖や墾丁、小琉球に行くのが、今の私の夢の一つです。

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