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【臨床と宗教】 第1回 臨床宗教師の誕生

この連載について
プライマリ・ケア医は継続的に患者と付き合っていくなかで,患者・家族が感じる死への不安と対峙しなくてはならない場面も起こり得ます.本連載では「医療と宗教」という観点から,臨床宗教師やチャプレンとして活躍する方々と総合診療医との対話を通してスピリチュアルケアや看取りの心構えを探っていきます.

イントロダクション


 今日の企画を楽しみにしておりました.私から簡単に自己紹介させていただきます.もともと腎臓内科医でしたが,9年目からは総合診療医あるいは家庭医と呼ばれているものに専攻を変えまして,今21年目の医師です.東京で20年働いていまして,2020年の春から鳥取に移住しました.

 総合診療医というのは地域医療のかかりつけ医のような医者です.外来,入院から,在宅医療にも携わります.今も鳥取で週1日だけ在宅医療をやっていて,家で亡くなられる方をお看取りすることもあります.週3日は山間部の総合病院で働いていて,そこの総合診療科の入院患者さんにもお亡くなりになる方がいらっしゃる.いま緩和ケアの領域では臨床宗教師さんの役割が増えてきていて,今回お聞きしたい内容も結構重要なテーマではないかというふうに感じています.

 僕自身は仏教的な考えに興味をもっていて個人的にマインドフルネスとか,ベトナム僧のティク・ナット・ハンさんの本を読んだり,ティク・ナット・ハンさんのプラムビレッジというタイのコミュニティにも行ったことも
ありました.仏教は終末期だけではなく,人間のウェルビーイングに役立つ部分が大きいのではないかと思っています.今回は森田先生の「ビハーラ僧の実際」 1) という論文を読ませていただいて興味を持ち,いろいろお聞き
できればと思いオファーさせていただきました.

森田
 恐縮です.


 では最初に森田先生は現在はどんなことをされているのか,これまでのご経歴などを簡単に聞かせていただいてよろしいでしょうか?

森田
 はい,現在は龍谷大学の大学院,実践真宗学研究科におります.主に大学院生の研究指導をしていて,教育の現場に重きをおいています.

 ご承知のように,新型コロナウイルスの影響で大学機関もかなり奔走させられておりまして,いろいろなことを考慮しながら前期はオンライン授業をしています.オンラインでつないで,そこにアクセスしてもらう状況でしたが,なんとなくやりにくさがありました.

 なぜやりにくいと感じられるのかと考えますと,私自身が2018年3月までは病院に勤務させていただいておりまして,いろいろな方々と対面でかかわりをもっておりました.その経験が積み重ねられていくとき,自分はそれをどこかで大切にしていたのではないかと思うのですが,それが画面となると無機質な感じになります.表情は読み取れますが,空気感はなかなか感じ取れない.その辺で違和感ややりにくさを感じていたのではないかと思っています.

 いま龍谷大学でも先ほどあげていただいた臨床宗教師という,心のケアの専門家といわれている宗教者の養成研修を行っております.現在,大学やNPO法人など9つの認定機関が研修を行っていまして,そのいくつかの研修
にかかわりながら龍谷大学でも専門職の養成に携わっています.

 そこに至るまでは,2018年3月まで病院に勤めていまして,先ほど孫先生が取り上げてくださった「ビハーラ僧の実際」 1) に記載がありますが,長岡西病院に通算10年間勤めました.長岡西病院には5年間勤めて,1年間仙台にいて,また5年間勤めて,計10年という形です.


 1年間の仙台というのは?

森田
 すごく特異な経歴を持ってしまったわけですが,その1年間というのは2012年度です.

 病院に勤めていた5年間の最後の年になりますが,2011年3月11日に東日本大震災が発災しました.そのあとに臨床宗教師の前身となるようないろいろなプロジェクトが動きだしたんです.それに招かれるような形で病院を辞めたといういきさつがあります.諸事情があって,もう一度病院に戻り結果的にはさらに5年間勤めることになりました.

 10年間の病院と1年間の被災地での支援活動を通しての宗教者の実践,これが直接的には臨床宗教師の動きにつながっていきます.そのあたりのことはあとでお話しできればと思います.

 現場に出る前は大学で心理学,大学院では死生学,サナトロジー(thanatology)といわれるものを学びました.私はお寺で生まれ育ったという経歴から,大学院で臨床死生学を学んでいたときいろいろ思うところがありました.心理学と死生学をミックスしたような領域を考えていたとき,大学院の研究テーマのなかでスピリチュアルケアの考えに出会いました.そのころは霊的ケアといわれていて日本の特殊な宗教事情の中,なかなか日の目を見ない状況でした.机上の空論になってしまう理論的なものばかりではどうかなと思っていた矢先に病院に勤めるようなご縁をいただいたわけです.


森田先生はお寺を継がれるお立場ですか?

森田
 私の師匠である父親はおかげさまでまだ元気でおりますし,兄弟がおりますので,いま私はお手伝い要員として入らせていただくぐらいです.僧侶の道からいえば,病院に勤めたり,教育現場にいたりしていますから変わり種です.ゆくゆくはどうなるかはわかりませんが,今すぐ継ぐという形にはならないと思っています.


 今は臨床宗教師の育成という教育にも携わりながら大学で教鞭をとっていらっしゃるわけですね.

森田
 そうですね,3年目を迎えました.臨床宗教師の方々が研修を終えて,地域の方々に傾聴スタイルをとる場を少しずつですが提供しだしたところだったのですが,その矢先に新型コロナウイルス感染拡大があって難しい
状況になってしまっております.

 私の経験からも現場に居らせていただくことはありがたいことと思っておりますので,なんとかそういうところに繋げていくことができればと思っているところです.

臨床宗教師が生まれたきっかけ


 臨床宗教師に関して僕も勉強不足で,僕が働いてきた病院にはほとんどいませんでした.聖路加国際病院のチャプレンさんには接したことがありますが,それ以外はほとんど経験がありません.臨床宗教師さんの現状といい
ますか,普及の程度はどんな状態ですか?

森田
 「臨床宗教師」という言葉自体はいろいろな書物に記されてきていると思いますが,宮城県名取市で在宅緩和ケアを行う岡部医院を開業されていた岡部 健先生が提唱されました.3.11のあと,地元の宗教者の方々はいろいろな動きをつくっていきました.最初は火葬場での読経ボランティアであったり,身元不明の方々のお弔いであったり,あとは電話相談です.つまり傾聴の場を設けていったかたちです.でも,その時点ではとくに大きな動き
にはなっていなかった.甚大な被害のなかで「ここにお集まりください」,「ここに行かせていただきます」というのがままならない状況でしたので,取り急ぎ電話回線を引いてきてというのが流れとしてありました.

 宗教者の方々がそういう動きをつくっていくとき,前例が少なく,ものすごく煩雑に動いていく状況になっておりました.それをどこかで整理したほうがいいという雰囲気がありまして,自分の教団以外のところでの横のネットワークがわりと整備されているような地域でもあったので,宗派・宗教を超えて宗教者の方々が集まられました.そこで今の働きについて,あるいは今後の活動について話し合われるようになりました.それが「心の相談室」という集まりです.それは臨床宗教師研修という新しい試みを始めるために必要な組織体でした.その「心の相談室」に岡部 健先生もいらっしゃり,宗教者以外にも宗教学者,医療,教育の方々がお集まりになって,3.11のあと宗教的な支援活動ができないかというひとつの流れにまとまったわけです.そのなかにいらした東北大学の谷山洋三先生が長岡西病院のビハーラ僧の先輩にあたりまして,この方が私と仙台のご縁をつないでくださいました.


 それまで宗教師の方々が地域に出て活動されるという機会は少なかったのですか?

森田
 それ以前にも臨床の現場や地域という,自分のホームグラウンド(寺社教会など)以外のところで活動されている宗教者はたくさんいらっしゃったと思います.ただ,それらが結びついて大きな動きにはなっていなかった.個々の動きはあったけれども,それらは集合的にならなかった.3.11という大きな出来事のあと,体系化しようという風潮が強まり潜在的なものが顕在化したにすぎないのではないかと思っています.そしてその名称は「臨床宗教師」となりました.全面的に公共性を持たせようとしたのですね.布教,伝道はしない,自教団の信者獲得には走らないということはかなり強調されていたと思います.そういうところが社会に受け入れられやすかったのか,少しずつですが方々に展開しています.

 先ほど孫先生がおっしゃってくださったように,聖路加国際病院のチャプレンの方々は臨床宗教師の認定を受けているわけではなくて,もともとチャプレンとしてやっておられたのだと思います.それぞれの現場に名称は違っ
ても宗教者の方々が働いている.臨床宗教師という名称で働いている方は常勤,非常勤という枠組みだけでいえばかなり少ないと思います.研修において,実習でお世話になった施設でそのまま活動している形ですと,ボランティアの場合が多いでしょう.現場で活動している臨床宗教師の割合は少しずつ増えているとは思いますが,雇用されている割合はわずかばかりという現状だと思います.


 ありがとうございます.流れがよくわかりました.3.11が大きなきっかけとなって,龍谷大学をはじめとしていくつかの大学で臨床宗教師の養成が始まっていて,これからの普及が期待されるところですね.

参考文献
1) 森田敬史:ビハーラ僧の実際.人間福祉学研究,3(1):19-30,2010.

第2回へ続く)

※本内容は「治療」2021年2月号に掲載されたものをnote用に編集したものです


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