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第12回「ヒーロー」

高校3年生時の体育祭の時の話をしよう。最高学年であることから、この祭りは高校生活の中でも1、2を争う程に盛り上がるものだ。

1年生、2年生との縦割りで団が作られ、2年間憧れていた『3年生』というポジションについたからにはかなり学年中が活気づいていたことを覚えている。

見せ場として、男女がペアとなり5分程度のダンスを踊るというものがあった。ここで意中の相手とペアを組み、体育祭をきっかけに交際がスタートする人もいるほど青春を謳歌する高校生にとっては最高の時間だった。

しかしこの男女のペアダンスは1~3年生全員参加の出し物でもある。イベントごとが大好きな人間たちには良いが、イベントが嫌いな人種からすると最悪のイベントでもあったのだ。

ダンスの練習は放課後、学校近所の大きな公園で行うのが通例だった。用事がない限り、半強制的にこちらも全員参加だ。日が暮れて外灯の明かりを頼りにがむしゃらに踊るその様もまた青春そのもので、わたし自身も夢中で日々を過ごした。

ある程度練習を重ねると他の団の情報も入ってくる。入ってくるということはこちらの情報も同じように他の団へと入っていく。そこから、優勝候補がどうだこうだと噂されたりもするのだが、我が団は中々の評判の良さで、より一層クラスが一丸となりつつあった。

そんな中でも、もちろんトラブルはやってくる。

学年でトップクラスの頭脳を持つと同時に、変人とも言われている奇才がクラスにいた。ヤツは驚くほどに周囲に興味を示さなかった。勤勉なわけでもなく、気まぐれで学校をサボり、たまに喋れば毒を吐く。孤高の奇才だった。

もちろん、体育祭には興味もない。しかし、クラスは優勝へ向けて日々一生懸命になっているのだ。ヤツの存在が邪魔になってきてしまった。

練習に来ないからと放課後ムリヤリ練習場所の公園へ連れい行こうもんなら、棒立ちで何もしない。温厚なタイプの野球部のアイツだってさすがに頭を悩ませていた。何度も優しく丁寧に説得している姿も見ている。


頭を悩ませるクラスメイト。わたしだって優勝したいという気持ちはいっちょ前に持ち合わせていた。そして何よりも、わたしにはあの奇才とそこそこ仲が良いという事実があった。

岡村靖幸のアルバムを借りたり、放課後黒板に円周率を書いて遊んだりもしている。イケる。わたしなら、ヤツを攻略することができる。


公園の隅で棒立ちしているヤツのところへ向かい、そして、気さくにも肩を組む。

「なあ、やっぱ体育祭とかあほらしいと思う?」

『せやなあ。何がしたいんかわからんわ。』

「でもさ、みんな優勝したい言うてんねん。わたしも優勝したいしな。」

『いや~でもあんな情けないこと、ようせんわ。』

想像通りの返答だ。体育祭自体にもダンスにも興味がないどころか、情けないとまで宣っている。

「ほんでさ、わたしら優勝したいやん?自分そもそも出たくないやん?」

『ん?おう。』

「当日、ダンスの時間だけトイレ行っててや(笑)」


…言ってしまった。これは、イジメともとれる発言になるのかもしれない。


『う~~~っわ!やっぱ、ちーちゃん分かってんなぁ~!』

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最高だ。肩を組んでいた手を放し大きくハイタッチをした。ヤツ自身も参加しないと言いたいがさすがに言えず、どうしようかと思っていたらしい。

当日ダンスの時間にトイレに行く計画は二人の秘密となり、練習だけは適当に参加してくれることとなった。ダンスの練習に参加するヤツの姿を見たクラスメイトは、わたしをヒーロー扱いした。その瞬間だけヒーローになれた。悪徳なヒーローだってまあ良いだろう。


そうして体育祭当日には、ぐちゃぐちゃの手作り衣装を着た奇才が現れた。その衣装だけで十分情けないところではあるが、ダンスの出番にヤツはごく自然に姿を消した。すべて終えた頃、またどこからともなく現れた。

クラスメイトは結局参加しなかったヤツの文句を言っていたが、ヤツ自身は笑っていた。その顔を見たわたしもさらに笑った。

当日、奇才とヒーローは再び大きなハイタッチを交わして肩を組んだ。


我が団は惜しくも優勝を逃した。しかし、わたしのヒーローとしての活動は優勝だったといまでも思っている。そしてみんな、あの時は騙してごめん。

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