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第6回「幕末」

 一度好きになったら、何事に置いてもその一点に強く執着する癖が昔からある。小さい頃は、気に入った本を全巻購入してもらいそれを繰り返し読んだ。気に入った曲があれば、その一曲だけを毎日繰り返し聴いた。好きな料理があればそればかりを食べ、好きな芸能人がいればとかく調べ尽くした。宮藤官九郎先生とうすた京介先生は生涯殿堂入りしており、20年近く夢中だ。

 依存や執着とも言えるのだろうか、とにかくわたしは熱しすぎやすいらしい。そしてその熱はじきに冷めるのだが、一度好きになったものなのだ、数年後に再び熱が来ることが多い。ここまで極端ではないが、この性格は母親譲りだ。一時期、週4〜5回沖縄の郷土料理である『にんじんしりしり』が実家の食卓に並んでいた頃もあったくらいだ。


 そんなわたしに、とてつもなく好きになった人ができた。『高杉晋作』である。あの、尊王攘夷でお馴染みの幕末の風雲児だ。好きになったきっかけは、お世話になった方の座右の銘が高杉晋作の歌だったことだ。

  おもしろき こともなき世を おもしろく
          住みなすものは 心なりけり

 わたしは、そんな面白くない世界でも面白くしよや、それ決めるのんて自分の心の持ちようやん!というような意に捉えている。わたしはかねてより自分はそこそこ面白い方だと自負しているのだが、落ち込むことがあった際に、自分がその瞬間笑っていなくても周囲を笑わせると自分も結局笑っていることに気付いた。「アッ、ちゃんとおもろいやん。」その気付きがあった後にこの歌を知り、それからは大のお気に入りだ。ありがちだが、人の受け売りをずっと座右の銘にしている。

 そして、学生時代の社会の資料集で昔から見ていた高杉晋作は、当時の写真の中では勝海舟と並んで男前の部類に入っていただろう。顔が結構カッコいいという理由からも、昔から少し好きだったのだ。写真が西郷隆盛と並ぶ機会が多いためにカッコ良く見えただけかもしれないが。


 それから、その時期は高杉晋作にこれまでかというほど依存した。結論から言うと、今までしたこともなければ興味もなかった恋愛シミュレーションゲームを始めてしまったのだ。登場人物が皆、幕末の人間のものを。空前の坂本龍馬ブームの直後だったこともあり、ちょうど時代に需要があったのだろう。

 よくあるような内容だが、主人公が幕末にタイムスリップしてしまい、その中で色んな人と出会っていく。恋をする相手はこちらで序盤に決めることができ、迷わず高杉晋作を選んだ。正直、徳川慶喜の持つ余裕と高貴な雰囲気や艶やかさに少しなびきかけたが、高杉晋作しか見ないようにした。彼の野蛮な性格が、大阪の下町で育ったわたしにもピッタリだろうと考えた。


 そんなこんなであっという間に恋が始まった。良いエンディングに導きたいが為に、わざわざ攻略サイトを確認して1番良い選択肢を選んで進めていった。ゲームの醍醐味を無視して、ただ晋作殿から甘い言葉をもらうことのみに集中し、躍起になった。

 程なくして、接吻をされたり、「三千世界の 烏を殺し 君と朝寝がしてみたい」などという実際の晋作殿の歌を詠んでもらったり、一緒に吉田松陰先生の亡くなった地を訪れ、涙をこぼしたりもした。普段強い男性の涙はいくつになっても心苦しい気持ちになると同時に、ここまで心を開いてくれるようになったのかとドンドン心を鷲掴みにされていった。

 高杉晋作は現代の医療では治すことのできる結核の病で倒れ生涯を終えてしまうのだが、このゲームの中でも同様に具合を悪くしていき、結核になってしまうのだ。そんなところまで再現しなくて良いのに。いちゃついている真っ最中に血を吐くんじゃないよ。わたしの隣で意地悪を言いながら笑っててよ…とドップリ浸かりながら、悲しんで過ごしていると、さすが全て正解の回答を選んだ甲斐あって、まさかの一緒に現代に戻ることになった。

 現代に一緒にやってきた晋作殿は結核も無事に治り、あの頃の着物を着崩したセクシーな姿は微塵のかけらもなくなってしまっていた。ただ、男前のイラストが黒のVネックのロンTにサラッとシャツを羽織り、ネックレスをつけて笑っているだけだった。急に冷めてしまった。『何をわろとんねん、偉そうに』と自然に感じるまでに時間はかからなかった。

 冷めたとは言えエンディングまであと少しだ、進めていく。と、あっという間に性的な表現も増え、高杉晋作のこどもを身ごもった。


大切なことだからもう一度言う。

わたしが、高杉晋作のこどもを身ごもったのだ。


 ありえない。1ヶ月ほどそのゲームをやり込んで気付いた。わたしが生まれる120年前に亡くなった晋作殿へは、かなわない恋だとわかっていたから、強く思い慕ふことができ、儚い命だからこそ大切に恋い焦がれることができたのだ。晋作殿の前ではもはや笑うことしかできなかった。気付いた内容はほとんどHYのNAOの歌詞と同じことではあるが、気付いてしまったのだ。


 ひとつの恋を一方的に終えた今、これからは恋愛シミュレーションゲームは捨てて、HYを聴くことに徹してみることも悪くないのかもしれない。

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