『saṃsāra(サンサーラ)』12

12       癪
 
いつだったか聞いていた話は本当だったようで、山は猫の癇癪によって騒ぎ出す。
猫と山を一度になだめるのは大変で、猫の機嫌を取れば山は不愛想になるし、山をおだてれば猫は口をきかなくなるしまつだ。
慌てて双方に落ち着いてもらうよう説得を繰り返すのだけれども、双方が納得する答えなどすぐに思いつくものではない。
「旦那様。私にはよくわからないのですが、多分これはいつも通りですよ」その言葉に彼女が反応する。
「確かにね。しかしそれじゃきりがない」と、言うのも揉めている彼らのせいで私たちが進むはずの道がすっかりふさがってしまっているからなんだ。
「あなた方には色々な事があるのだろうけれど、どうにも私たちには時間がないのでね。どうにかそこをどいてもらいや出来ないかい」少し頼んでみるのだが。
猫はあちらに頼みなさいよとだけ言ったきりそっぽを向いちまうし。
山はそれを見て猫のしっぽに鈴をつけようと、余計なことを試みる。
しばらく時間が空いたかと思えば、猫は1がどうした山は2が必要だと、不毛なやり取りを又始めている。
ただ、はたから見ている私たちにとっては、それはそれは壮大で、荘厳だった。なにせ山のように大きい猫と、猫のように気の小さい山のやり取りだ。
猫が動けば台地は揺れてね。
山が欠伸をするものなら天が裂けるのではないかとぞっとする。
どうにか落としどころはないものかと頭をひねっていると、大きなねじが何処からか転がり落ちてきた。
頭が四角のピカピカ光っているやつさ。
又都合がいいことに猫と山の間にだ。
ねじが転がれば猫は喜び。
ねじが回れば山は落ち着く。
ねじが歌えば山は呼応して。
ねじが相撲を取ろうと言えば、猫は高笑いをする。
本当にここは何でも都合がよくて。難でも都合がよくなっていく。
いつの間にか猫も山もねじもその場からいなくなっていた。
いつだかの馬の時の様に。
そもそも、言い争いに飽きていたのか、もともとどうでも良かったことだったのか。
まぁ、いつの間にかぷいといなくなっていたよ。
 
と言う訳で、今では私たちはそれらがいた場所を悠々歩いていく。
誰にも邪魔されることなく。
「なんだったんだろうね」娘に問いかけると
「まぁいつものことなんだろう」と、愛想の無い返事が返ってくる。犬の顔を見てやると相変わらずベロを垂らしてへっへっへと笑っている。しかしこの犬もいつの間にやら年を取ってしまったなと、しみじみ思ってしまった。犬はそれを見透かしたのか
「旦那様。私は犬だからよく分かりませんが、実は誰でもそれは平等にやってくるんですよ」
と舌を出す。
 
 
山が現れた後には谷が来るのは、世の倣えとはいえ、ここまで深く険しい谷を見たことが私にはなかった。そのままここの裏側まで行ってしまうのではないかと、いうほどの谷が姿を現せば、ただただ、その深い谷に吸い込まれていく自分を見るようで、そら恐ろしくなってしまう。その谷へあの娘は軽々飛び降りる。『天』の上着をはためかせながら。
ところどころにあるでっぱりを使って、難なく下へ下へ降りていく。
あたりまえのように、重力を無視するように。いつの間にか見えなくなるほど降りていく。私と犬は呆然と立ち尽くす。あと一歩が出ていかない。足がすくむ。いつの間にか私の背中に回ったあの娘は、私の肩をぐいと押し谷へといざなう。
うあぁぁあぁ 私は叫ぶ。
うぐぐぐぅぅ 犬も叫ぶ。
 
「いちいちうるさいわよ。さあ早く行きましょう。時間はさほど残されていないんだから。時間と時空とひずみとゆがみがあちらこちらに点在しているの。うまくいかないと、今のように元々いた場所に戻されちゃう。時間もないのに時間のゆがみって本当におかしいことだと思うのだけれど、あなたはどう思う」彼女の肩にちょこんと乗っている犬に語り掛ける。いつの間にか大きさが小さくなっている。不思議な薬でも飲んだかのようにね。落ちる勢いに慣れてきたころに犬は。
「旦那様。私は犬ですからよくは分かりませんが、そんな物語に出てくるような都合のいい薬なんかありません」余裕が少し出てきたのか、犬は笑いながらそう言う。そして私の肩に飛び乗ってくる。その重みで落ちていく速さが変わっていく。もちろん早くなる一方だ。
それにしたって時空のゆがみだの時間の速さが変わるだのと、まるで空想小説のようではないか。
「旦那様。それもそれでおかしいですよ」いちいち犬は私の思っていることにかかわってくる。
「旦那様。それはそうですよ。私とあなたは一心が同体ですからね」それを言うなら一心同体だろうと思っているとあの娘が
「見えてきたよ」谷底の底の方。歪んでいるそれは私の目にもはっきりと分かった。少し輪郭がぼやけているそれは、私たちを待ち構える大きな口のようだった。
恐ろしく思えるその場所を私たちは目指しているらしい。
 
気が付けば、谷の上。谷底へ押されながら踏み出していく。
気が付けば、谷の上。それをまた繰り返していく。何度も何度も。くるくるくる。
リスの回転車の様に。
 
32回かけて次の場所へ到達できない我々は、案の定誰のせいとか都合があってないだとか、機会がかみ合っていないだとか時機を逃しただとか。主に私と娘と犬はところどころで食い違う。意見が衝突しかみ合わない。もう32回落下していると、怖いも何もなく。高いところから落ちることがこんなに心地よいものなのかと。勘違いしてもらっては困るが、好きで私たちは繰り返し落ちていくわけではなくて、気が付けばいつの間にか谷の上に上がっている。そしてまた足を踏み出すのだ。娘に言わせると時空がどうだとか、狭間が何だとかいうモノのせいで、繰り返し繰り返し谷に飛び込まなくてはいけないのだ。20を数えたあたりで、その辺のことを言う事をやめているが。この飛び降りることが何度も繰り返された今だからこんな風に言えるのだが、一回目二回目三回目の落下がどれだけ恐ろしかったことか。犬もそれは同じらしく、悲鳴に近い雄たけびを何度も何度も叫んでいた。もちろん私もだ。そこにあの娘の
「いちいち。うるさいわよ」は、本当にこの娘には感情がないのではないかと思ってしまうようだった。
そして32回目を迎える。この32回目は色々最初のころとは違っていた。最初の出口が低かったのもあれば途中に声をかけてくれる鳥も最初のころとはだいぶ違っていて。いつもの鳥とは違うもの。足場にしていた取っ掛かりも、最初に比べればやたらと丸く腰が低いものだった。
と、迎えた32回目
とうとうあの口へと放り込まれるかもと思った瞬間
娘は歌を歌いだす。
いつか聞いたことのある歌。
いつか歌ってもらったことのある歌。
今まですべて忘れていたあの歌。
最初にもらった優しい歌。
 

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん