『saṃsāra(サンサーラ)』11

1 1      北
 
振動はひとつだって、やむことがなく絶えず私たちを苦しめる。
いつ終わるのかわからないこの振動。荷車の車は木でできていて、すべての衝撃をこの荷室へと届けてくれる。余すことなく。一つだって残すことなく。
乗り心地の悪いそこに居る私と犬はずっと不機嫌だ。あたしが悪いのかと言われればそうに違いないのでしょうが、それにしたってこの扱いはとても不当なものだと言いたいです。そうつぶやいている。
馬に乗る娘は、ゆうゆう前を見据えて走っていく。急に雨が降ってきてもイナゴがびっくりするくらいやってきても暑い日差し受けようとも。
乗馬を楽しんでいる。そういう風に見えるだけかもしれないのだが。
馬は、馬で疲れを知らないのか、ずっと同じ歩調で走り続けている。困っているのは私たちくらいなものだね。自嘲気味に犬にそういうと、犬もうんうんと頷いてくれた。幾度目かの朝日と夕日を迎えたころ。唐突に、あの鐘が響いていく。
 
五回続く鐘の音
ドーンとかボーンと
供をする言葉はこれまで以上に盛大で。
それは周囲のものすべてに知らせるものだったろう。
花や木、あの燈篭、クジラにまでも届くほど。
 
「何とかなりそうだな」突然立ち止まった馬がそう言うと、馬の背の娘はその背から降りながら、つぶやく。
「ええ本当に。ありがとう。助かったよ」馬はその言葉を嬉しそうに聞いていた。そして溶けていく。泡のように。その場に何もなくなっていく。もとからそういったものなのだよと言わんばかりに。
荷車もそれにつられて形を崩していく。馬に乗っていた娘は荷車の中から自分の上着を取り出すと、それをはらりと纏い。すっと先へ進もうとする。その背には『天』の字。
私たちも慌ててその後を追いかけるのだけれども、どうにも納得がいかない。背中に言葉を投げかける。
「あ、あの馬は、、」『天』の彼女は私を見るでもなく。
「行ってしまったな」とだけ。足取りは力強い。
「旦那様。お役目が終わったんですよ」犬はあわてて取り繕う。
「お役目たって、、そんな急に、、、」彼女の足取りが緩むことはない。
「何を説明したところで、そういうものなのだとしか言いようがない。決まっていることは何も変えることは出来ないし。変えられるものならきっと変わっている。それを嘆く必要もないし感情をそこへ植える必要はないんだよ」きっぱりとした口調で彼女は続ける。
「どちらにしたって彼のおかげで何とか間に合いそうなんだ。それを無駄にしたくはないんだ。足を引っ張らないでくれ」彼女の言葉はどこまでも力強い。
「旦那様。よく分からないのですが、何とか間に合いそうですよ」
「一体全体何に間に合うとか間に合わないとかって言っているんだ。こちらはさっぱり合点がいかない」くるりと回って彼女は私に。
「それを言ったところで今のあなたは何も理解することは出来ないし。私だって詳しくはわからない。けれどこの先へと続く道を進まなきゃいけないのは、あなただってわかっているだろう。そして選択をしていかなくてはいけないんだ。私だって、あなたじゃなければこんなことに巻き込まれていないのだから」犬はへっへっへっと舌を出している。
そう言われて、わかっていた。どこまでも、どこからも。何かをこうしなくてはいけないだとか、あそこでこれをしなくてはいけないだとか、具体的なことではなく。ただただ行かなくてはいけない。
 
そう八回目の鐘の前に。
 
たどり着かなければいけない。なんでそんなことを忘れてしまっていたんだろう。どうして今思い出したのだろう。
すでに彼女は前を向いている。力強い足取りで。行かなくてはいけない場所を目指して進んでいる。慌てて私は追いかける。犬とともに。彼女とともに。
それがどちらを向いているかなど私にはわからない。
そしてふと思い出す。彼女の事。はっきりと彼女が誰で、どういった人物だったかという事ではない。どこかで私は彼女を知っている。そうして、ただ私には彼女が必要だという事。そしてどこか懐かしくて。

ひとまずストックがなくなりましたので これにて少しお休みいたします。 また書き貯まったら帰ってきます。 ぜひ他の物語も読んでもらえると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。 わんわん