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#2 「ギタリストがすすめる小説3選」

 僕はギタリストだけど、曲に詞をつける時には作詞家モードになる。ギターと作詞って意外と共通点があって、バンドでも作詞を担当しているギタリストって結構多い。
 いい詞を書くにはいい表現にふれていること、つまりインプットがものすごく重要なので意識的に本を読むようにしているのだけど、今日はその中でも僕のお気に入りの作品をいくつか紹介したいと思います。

 ビジネス書も読むけど、今回のテーマはあくまでも「表現」なので、小説に絞って紹介します。ただ、推薦図書ということなので、あまりにも有名な作品は敢えて除外しました。『ノルウェイの森』とか『金閣寺』とかも大好きなのだけど、殿堂入りということで今回は割愛。


1. カポーティ『冷血』

読みやすさ:★★☆☆☆
わかり易さ:★★★★☆
内容の重さ:★★★☆☆

 「へぇ、(殺人犯が)あんなチビだとは知らなかったな」
 「うん、小さいよ。だけど、タランチュラだって小さいからな」

 ーアメリカのカンザス州で実際に起きた一家惨殺事件をモチーフにしているサスペンス作品。農業で成功し豊かな生活を送るクラッター氏は、親切で人望もあり土地の誰からも愛される人気者だった。
 ある朝、クラッター家全員の死体が自宅から発見された。警察は金品を狙った強盗殺人を疑い捜査を開始するが、不思議なことに現場から金目のものはほとんど持ち去られていなかった。捜査を進めると殺害方法が極めて凄惨なものだったことがわかり、強盗殺人の線は消え、私的な恨みを持つ者による犯行だと思われたが、近所づきあいの良かったクラッター氏が恨みを買うような者は見つからなかった。
 動機が金でも恨みでもないとすれば、一体だれが、何のためにー

 この事件は幸いコールドケースにはならず、犯人が逮捕されて処刑される場面で小説は終わります。少しだけ内容を明かすと、実際犯人の動機は金目当てだったんですね。ところが、あるキッカケにより強盗は失敗します。その背景にある犯人の心情が実に人間臭く、思わずこころを奪われてしまいました。
 事件関係者に直接アポを取り何年もかけて足で取材を重ねてきたカポーティだからこそ描ける、人間心理に迫った熱い小説です。ぜひ読んでみてください!


2. ツルゲーネフ『はつ恋』

読みやすさ:★★★★★
わかり易さ:★★☆☆☆
内容の重さ:★★☆☆☆

 全く私は、ジナイーダの手にかかったが最後、まるでぐにゃぐにゃな蝋みたいなものだったのだ

 -舞台は19世紀のロシア。主人公のウラジミールは、隣に越してきた少し年上のジナイーダという少女に片想いしてしまう。ジナイーダにはその気はなさそうだが、ウラジミールにとっては彼女と同じ時間を過ごせるだけで幸せだった。
 ある日ウラジミールがジナイーダに招かれて彼女の自宅へ遊びに行くが、そこで彼は衝撃的な光景を目の当たりにする。その体験は彼を冷めさせるどころか、かえって恋の深みへと沈ませていくのだった。果たしてウラジミールが見た光景とは...?!ー

 タイトルにもある通り、恋愛小説の古典であり名作と言われる小説ですが、いわゆる「恋愛小説」とはかけ離れているので読む際は少しだけ注意してくださいね。あらすじにも書きましたが、ウラジミールがどんどん恋に狂っていく様子がドラマティックに描かれており、恋の不気味な側面を見事に表現しています。先に書いた『冷血』を自然主義に分類するとすれば、『はつ恋』はその対極にあるロマン主義という印象でしょうか。
 先月リリースした「グラデ―ション」というアルバムに「はつ恋」という曲が収録されていますが、あれはこの小説を参考に歌詞や曲を作りこんでいった1曲です。詳しくはこちらのインタビュー記事からどうぞ!


3. スタインベック『エデンの東』

読みやすさ:★☆☆☆☆
わかり易さ:★★★★★
内容の重さ:★★★★☆

 天使だけでなく悪魔も人間の発明物だ。ならば、両方をともに理解できるのが当然であり、できないというほうがおかしい

 -カリフォルニアのある地方に、アダムとチャールズという兄弟が暮らしていた。チャールズは腕っぷしが強くやんちゃな子どもだったが、アダムは温厚な性格だった。時がたちアダムはキャシーという女性と結婚し、キャルとアロンという二人の子宝に恵まれた。幸せに暮らしていた一家だったが、ある日キャシーは突然家を出て行ってしまう。失意の底にあったアダムに追い打ちをかけるように愛息子のアロンが戦死し、アダムは追い詰められていくのだったー

 全4巻に渡る大河ドラマでものすごい分量があるため、あらすじを書くのが難しかったです(笑)。もたついてしまうのであらすじには書きませんでしたが、話を理解するうえでのポイントが二つあります。一つは、アダムとチャールズは腹違いの兄弟で、それゆえアダムは親の愛情を受けずに育ってきたこと。もう一つはアダムの妻、キャシーがいわゆる悪女で、キャシーにとってアダムとの結婚は形式的なものにすぎなかったこと。
 兄と違う母親から生まれてきたことと、アダムが愛されないことには客観的に何の関係もありません。同じようにアロンの母キャシーが悪女であることも、アロンの人生とは別問題です。自分ではどうしようもない運命的な問題にどうやって立ち向かうか。人間の生きざまを問う、ヒューマニズム溢れる大傑作です。


それぞれの比較

 『冷血』は文庫本で550ページほどの厚みがあり、長編小説に分類されると思います。サクッと読めるような代物ではないのでしっかり向き合って読むタイプの作品ですね。サスペンス調であることも手伝って話はすごくわかりやすいです。読み進めるほどに次が知りたくなる、素晴らしい小説でした。扱っているテーマが実際に起きた殺人事件だからか、作品全体に漂う雰囲気はかなり重いです。ただ、すべてを読み終えてカポーティが描きたかった人間臭さに気づくことができれば感動にこころ震えるはずです。浅い読書ではなくしっかりと本を読みたい、という人におすすめです。

 『はつ恋』は130ページくらいしかなく物凄く薄いので、『冷血』とは対照的に1日で読み終わってしまうと思います。ただ、内容は小説というよりも詩に近く、難解な部分も少なくありません。わからない箇所で止まってしまうと、もうその先は読まないと思います。わからなくても飛ばしてとりあえず全体を読み切ってしまう、という読み方のほうが、ツルゲーネフが表現したかった恋のはかなさや切なさ、狂気などを感じ取ることができると思います。決して明るい作品ではありませんが、気を病んでしまうような重さはありません。僕のように強烈なロマンチストの方はハマると思います。そうでなくても、いつもの読書に飽きているって方も読んでみてもいいかもしれません。

 『エデンの東』は全部で4巻に及ぶ大長編小説なので読みやすさは星一つです。逆に言うと読むのにかなりの時間がかかるため、読破した暁にはきっとあなたにとって思い出の一冊になることと思います。スタインベックは人物や情景の描写に非常に長けており、ここまでの長編小説にも関わらず全く飽きずに読み進めてしまいます。わかりやすさでは、今回の3冊の中でズバ抜けていますね。この作品でテーマになっているのは「人生と運命」。その答えを提示するために彼はこの長編を書いたと言っても過言ではないくらいです。雰囲気が暗いということではなく、それだけの凄みがある作品ということで重さも星4つとしました。


 これから梅雨になったり熱くなったり、室内で過ごす休日も増えるでしょう。そんな憂鬱な休日のお供に、少しでも誰かの参考になれば幸いです。




CHIRA

#B1エッセイ #エッセイ #推薦図書 #読書 #読書家

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