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大奥(PTA) 第三話 【第一章 吹き矢のゆくえ】

【第一章 吹き矢のゆくえ】


「これからお役決め(役員決め)が始まるのです。組ごとに決められた数のお役をつのり、どなたも現れ無ければその場で吹き矢にてどなたかに決めるのです。その際、一切この大広間から逃れ出る事は許されません」
 常磐井ときわい様はささやき声でおっしゃいました。

「なんと、太郎は? お子様方は?」
 驚く安子様でしたが、常磐井ときわい様は指の形をお口元でしいいとなさるだけでした。

「んおほん!」
 御組総取締おくみそうとりしまり(クラス委員長)の春日かすが様が一つ咳払いをなさるとお話しを始められました。

「お方々かたがた、まず雪、月、花、星の組ごとに四手にお分かれになり御着座ごちゃくざのこと。その後、御組おくみ毎に、御吟味方ごぎんみがた(選出委員)、瓦版かわらばんつぼね(広報委員)、お鈴係すずがかり(ベルマーク委員)、御縁日ごえんにちつぼね(文化・バザー委員)そして御組取締おくみとりしまり(クラス委員)のおのおの五名を、御話し合いにてお決めなされ。最後のお一人が決まるまで、ゆめゆめこの大広間をお出になるなど、お考えなされぬ様」

<人質>

 安子様の身重みおもの体には、さすがにこの平伏へいふく姿勢は辛く、悪阻つわりのものが胸に込み上げる中、こう思われました。これではお子を人質に取られた状態での軟禁と何ら変わらぬのではないか? お国のご法度はっとに定められた御人権と言うものを、まったく無視したお振る舞いでは無いのか? ほんに大奥(PTA)と言う所は、何と恐ろしき所なのであろうか、と。

「お役決やくぎめ、これは如何いかなることに御座りましょう」
 安子様は、常磐井ときわ様にお尋ねになりました。

「我が家の上の子の時も御座いました。先程、春日かすが様がおおせになった五つのご役職のいずれかを、寺子屋にお子をお預けになっている六年のうちに、お子お一人につき親御様が必ず一年は無給にて奉公せねばならぬ定めとなっておるのです」

「そはまことにござりますか?」

「まことにござります。もしお断りになれば、大切なお子にどの様なわざわいが降りかかるやも知れませぬ」

「災い……」

 常磐井ときわい様のお言葉に、安子様は軽い戦慄せんりつをお覚えになりました。

「さように申されましても、私には数え三つのこの花子もおり、御家おいえのこともまこと煩瑣はんさな状況にございます。本年ほんねんはどのお役も果たせそうにはござりませぬが」

「おいたわしい事には御座いますれど、どの親御様も皆、それぞれにご事情を抱えて居るのでございます。決まらぬ場合、もし吹き矢に当たってしまえば、何人なんぴとたりともそのお役を逃れる事ができぬ、それが、ここ大奥(PTA)の定めに御座います」
 常磐井ときわい様はこのように仰いました。

 大奥(PTA)の定め? 私は太郎を寺子屋に入れただけであり、大奥(PTA)などと言う組織に身を置いた覚えも覚悟も無いのに、そのおきてに従い、言うがままに無給にてご奉仕つかまつらねばならぬとは。安子様は胸のざわつきを抑える事がおできになりませんでした。

 嗚呼ああ、そう言えば太郎は? お庭にてお友達と仲良く過ごしておいでだろうか? しかしこのお役決めが終わるまで、愛しき太郎に会う事は叶わない。

「まさか、これは人質ではないか?」

 ひととき、物騒なお言葉が安子様の胸をよぎりましたが、そんなはずはない、この泰平たいへいの世、しかも大の大人達が集まる寺子屋の大広間で、そのような人の道にそむ仕儀しぎがありえるだろうか。まさかそんなはずはあるまい、安子様はそう御心をお打ち消しになるのでした。

<五つの御役目>

御吟味方ごぎんみがた (選出委員)

瓦版かわらばんつぼね(広報委員)

鈴係すずがかり(ベルマーク委員)

御縁日ごえんにちつぼね(文化・バザー委員)

御組取締おくみとりしまり(クラス委員)

 御右筆ごゆうひつ(書記)の達筆たっぴつなお筆跡で半紙に五つの御役名が貼り出されますと、大広間は親御様御一同おやごさまごいちどうの深い溜息とざわつきで満たされたので御座います。

常磐井ときわい様、もし万に一つ吹き矢に当たってしまった場合、どの御役目おやくめが最も重きものにござりましょう?」
 安子様は恐る恐る尋ねました所、
「どれもかなりなお役に御座いますが、一つと申されますれば、やはり御吟味方ごぎんみがた(選出委員)かと。お噂によりますと、そのあまりの荷の重さに、御心おこころを病まれた方もいらっしゃったとか」
 常磐井ときわい様はこうお答えになられました。

御心おこころを病まれる……。なんと、そのような過酷なお勤めがございますとは。して、その御詳細は……」
 安子様が常磐井ときわい様にお尋ねになりかけたその時、

方々かたがた、何をもたもたしておる。速やかにおのおのの組に別れ、お役決めをなさらぬか。お子達が、今か今かとお庭でお待ちである」

 何人なんぴとにも有無を言わせぬ毅然たる態度で、御組総取締おくみそうとりしまり(クラス委員長)春日かすが様のお声が響き渡ると、御父母の方々は皆、蜘蛛くもの子を散らすようにちりぢりに各組毎にお集まりになられます。

「ではまた何処かで」
 とおっしゃりながらそそくさと御座ござをお離れになる常磐井ときわい様を、半ば呆然と見送られる安子様でありました。


#創作大賞2024 #ホラー小説部門


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