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「答え合わせ」の旅㉞

最後にして最高の英語奮闘記

やってくれたな、ターキッシュエアラインズ。いや、やってくれたな、日本め。という心境だった。最後にこんな落とし穴があったとは。
新しい相棒を預けにターキッシュエアラインズのカウンターへ向かったあと、その事件は起きた。英語奮闘記シリーズ最終章を飾るには相応しい出来事だった。

ターキッシュエアラインズのカウンターには長蛇の列ができていた。時間は3時間ほどあったが、Instagramライブは辞めにして並ぼうではないか。
よく見ると列が動いていない。カウンターに目をやると、職員さんたちの後ろにある荷物を流すコンベアが不調なのか止まっている。
え、大変じゃん。やばい、直るの?心がざわつく。
そして座ってヘラヘラおしゃべりしているだろう職員たちも目につく。これが日本なら職員全員、お客様に向けずっと故障中のアナウンスと謝罪を呼び掛けるのであろう。お、も、て、な、し、おもてなしとはよく言ったものだ。日本の外に出ないと気づけないことは多い。
由々しき事態。これで乗り遅れることとかあるのだろうか。いやでも航空会社の事由だし、どうなの──。
2,30分くらいしただろうか。うっすら列が動き始めた。直ったのかな?もちろんここまで不安に待たせといて「お客様、お待たせしました!!受付再開いたします。大変申し訳ございません。(ペコペコ)」などのアナウンスはもちろんない。
流れる列に身を任せ、ようやくカウンターにたどり着いた。ふぅ長かった。

まずは荷物をよっこらせっと。そしてパスポートに指定席を取ってるからスマホのQRコードも見せるか。あらなんてスムーズになったことでしょう。だいぶ慣れちゃって、このこの~。と自画自賛をしていた矢先、
「○×△☆♯♭●□?」とお姉さんが何か聞いてくる。
ん?なになに?このわからない言語のやり取りもこれでお別れかと思うと感慨深い。何やらわからないがヘラヘラしてやりすごすとするか。
「○×△☆♯♭●□?」とまだ聞いてくる。そしてパスポートすら返してくれないし、荷物のタグもくれない。おや?質問に答えないとここを通してもらえなさそうだ。これは慢心だった。

何度も同じことを聞かれてるようだがさっぱり伝わらず、私は首を何度も傾げた。もうここで何のことか書いてもらえば良かった。それならもっと解読が早かっただろう。聞く、話すより読むのが日本人は一番得意だと思う。

お姉さんはジェスチャーに頼り始めた。この文面で伝わるかわからないが、簡単に言うと自分の二の腕をもう片方の手でタッチし、OK?と聞いてくる。
は?なに?腕?なに?まったくわからない。英語より難解になった気がする。
何度も同じ仕草をしてくる。他にないのか。ジェスチャークイズは回答者の発想力もだが、出し手の技も問われるんだぞ。もっと工夫しろ。
「Do you know English?」とやっつけ口調で聞かれる。ううん、あんまり。と答える。
イライラがたっぷり含まれた二酸化炭素を吐き出され、軽い舌打ちも聞こえた。彼女は隣の同僚に支援を求め出す。意訳はこうだ。「ねぇこいつ英語わかんないんだけど、あんた伝えられる?」と。その同僚も私に目をやり、自分の二の腕をタッチし始めた。

?????
二人からの二の腕タッチジェスチャーは混乱に混乱を重ねる。腕がなんだと言うのだ。向こうはイライラを募らせ、私は焦りを募らせている。
脳みそがフル回転しているが、しすぎて空回りを起こしてきた。

いやでも、だって。行きを思い出せ。羽田では、、
ここはパスポートを見せ、荷物預けて荷物のタグシールをもらうだけだったはずだ。
まさか。
「お前荷物のシール腕に貼るか?どうするか?」
と言われて……る?

落ち着け落ち着け。それはきっと違うだろうし、貼ってもいいだろうがわざわざここでは聞かないだろう。
ここは異国だ。日本の常識は取っ払え。腕、腕、腕。腕がなんだよ。
は!まさか。もう一個回答が浮かぶ。
「お前腕にICチップとか埋め込んでねぇよな?」とか?

いやいや埋め込んでませんとも!NOと答えようとしたが待てよ。チップ入ってるのがこっちでは主流なんだっけ?日本も犬猫とかは入れるようになったんだっけ?まだなんだっけ?性犯罪者とかが入れるんだっけ?まだ未来の話だっけ?世界的にはもう始まってるんだっけ?
混乱は混乱を呼ぶ。
もしICチップなら簡単にNOと答えていいのか?
確かに(NO:いやチップなんて入ってないよ)と答えて
「お前チップ入ってないのか!」→連行もありえる。
(あーYES入ってるよ)と嘘をついて
「お前チップなんか入ってるのか!」→連行もありえる。…これは迂闊にYESもNOも答えてはいけない。
でもそんなこと、ここで聞く?隣の人たちはスルスル受付通過していくのに、なんで私だけこんな尋問。変だ。

腕。腕。腕……二の腕……二のう…………
!!!!!!!!!!
それは急に舞い降りてきた。何で急にひらめいたか本当にわからない。

「あ、あ、あ、注射?」

注射=ワクチンか!コロナのか!やっとわかった。
目を見開いてあ、あ、あ、と言い出す私を見て、やっと理解したことがグランドスタッフにも伝わったようだ。YES,YES!打ってるよ!と伝え、やっと解放されるぅと喜びで溢れてく。
その喜びを砕き散るように「Show me.」ものすごくドスが効いた低音を発された。相当キレてるわ。すしざんまいポーズの小さいバージョンで両手の平を見せ、私になにか見せろと言ってきた。

はへ。なにを?やっとクリアしたのに第2問出題。
あ、あ、あ!あれのこと?は?いま見せんの?!
ワクチンまでピンと来たらもうわかった。あれとはきっと接種証明書のことだ。
JAPAN Webって到着時必要なアプリにはちゃんと登録してたさ。日本着いたら出すもんだと思ってたわ!
あー、今かよもう!あーもう、すぐ出ないよ!
ダウンロードファイルに入ってるはずだけど、あーっともうファイル名わかんねぇな。焦る。

は!ひらめきの天才2回目降臨。
私はその月、名古屋に行っていた。その頃まだうっすらと全国旅行支援がやっており、ホテルで提示すれば割引を受けられるというお話があったのだ。
母親があんた証明書あんの?とLINEで聞いてきてたのだ。当然あるわと論破したくて「あるわ、ほら」と添付したっけ。あれがある!母親とのトークを開き、高速のスクロールでさかのぼる。いた!!

どや!!これか、お前が欲しいのは!!!
「オー、ケー」またもドスの効いた声で潰される。ようやく紙の搭乗券を挟んだ臙脂色に染まった菊の紋様と私がずっと欲しかった荷物のタグシールが渡され、シッシッとされてるようなもんだった。
改めてタグシールを見るとこれを腕に貼り付けるわけないよな、やっぱ。

ターキッシュめ、と思ったが、これは2023年3月の日本のルール。水際対策はピークよりだいぶ負担減ったとは言え、うっすらと残っていたのだ。
行きと違うじゃん、というのは、行きの受け入れのオランダ政府は接種証明書など必要としてなかったからだね。こちらではずっとマスクを外してたしコロナのことなんかすっかり忘れてた。まさか自国にしてやられるとは。日本を恨むことにしよう。

冷や汗もかいて出発前から疲れた。だいぶ時間がとられた。急いで出国審査へ向かおう。
なんか身体検査もピンポンと引っ掛かった気がするし、ボストンバッグもやたらとX線検査から返却が遅かった覚えがある。やはり私にはICチップが埋め込まれてるのかもしれない。

ようやく搭乗口ゲートの方へ入り込めた。
はーっと一息吐く。こっちの世界、もう入れないかと思った~。すぐこの出来事を報告したくて、近くのベンチでInstagramライブを始めた。久しぶりに真夜中のはずの友人が一人リアルタイムで観て爆笑してくれ、私もオランダ最後に最大限の笑い話が出来上がり、結果満足だった。
はぁ。ふぅ。またのんびりして直前で大慌てする未来が見えたので搭乗口へ向かおう。

イスタンブール行きの搭乗口のベンチは静かで、とてもライブの続きをやれる雰囲気ではない。もう落ち着いて時間を待つことにした。靴はクロックスもどきに履き替え、着圧ソックスはスーツケースにしまってしまったようだ。ちっ。不覚。

横にある動く歩道の機械音声は「ワォッチャスタッ」と定期的につぶやいている。何がいいたいのだろう。これが俗にいうwatch your step?でもwatch your stepをオランダ語に訳すとそんな感じの出てこないんだけど。
まさかこれがオランダなまりのwatch your stepの発音なら私はやはり英語が通じなくて当たり前だった。

審査を通ったので水でも買うか。飛行機内は乾燥してるので水を用意するのはマイルール。売店が見当たらないからタッチのクレジットが使えそうな自販機前に行った。
自販機前で硬直する。およそ500mlだろう水の下には3.4EUROと書いてあった。えっと…水…だよね?しかも硬水。500円…??
5,000mlならまだ理解してやれたがもうムリだ。震える指でボタンを押し、ガコンと落ちてきたペットボトルを死んだような目で見つめた。

来ない。万全の準備をしたときに限ってこれだ。搭乗時刻が近づいてるのに職員すら来ない。何度も間違ってないか調べるが、合っている。待ち人たちはだいぶ増えてるし遅れているのだろう。荷物も止まってたしな。

搭乗時刻をだいぶ過ぎてようやく職員が現れ、案内が始まった。ふぅ。
アムステルダムからイスタンブールまでは4時間くらい。短いから座席は指定してない。通路側じゃなくてもよいと思っていたが、ラッキー、通路側。
4時間しかないっつーのに機内食はゴトゴト運ばれてくる。食べよう。

まーたチェルリィジュース頼んでる

飛行機はあんなに出発が遅れたにも関わらず、予定時刻ジャストぐらいでイスタンブールへ到着した。
降りた先の廊下に中東特有のかぶりものをした二人の女性の係が立っていた。なんだかパスポートとチケットを欲してそうなので見せる。なんの点検だろ。
すんなり返され、通っていいようだった。

開けた通路に出る。帰りの乗り継ぎ時間は3時間以上あった。ゆっくり行くか。あれ、なんか様子が変な気がする。トランスファーのマークなくない?さっきからずっと飛行機マークのトランスファーを探してるのに、AだかBだかの案内しかない。あれぇ。これじゃまるでもうこっち側にいるみたいだけど?こっち側というのは搭乗口側のこと。荷物検査しないのかな。すっ飛ばして迷子になってるの?私。

これが俗にいうシェンゲン協定?そっか行きは日本⇔トルコだからシェンゲンじゃなくて荷物検査したのか。オランダ⇔トルコはシェンゲン協定だから荷物検査不要なのか。きっとそうだな。
(※シェンゲン協定については各自お調べください。)

まだ時間もあることだしスマホでも充電して待つことにしよう。誰もいない一角のラウンジに腰を下ろす。
もはや無意識ばりにインスタ配信を始めた。向こう行ってインフルエンサーになっちまったな。もう話す話も尽きているのに始めたもんだから、ネタ切れ感が半端ない。それでもよくしゃべんなぁと自分で思うほどにはしゃべっている。

しばらくしてると日本人のような出で立ちの女性が現れ、私の斜め向かいの席に座った。どっか他にあるだろ、なんでここ。あ、充電ポートだからか。気まずい。
さっきからずっと視聴者としゃべってる風を見せかけてるが、誰からもコメントも来てないどころか視聴者ゼロなんだよな。
日本の方ですか、としゃべりかけようかとも思ったが、しゃべりかける必要もないか。彼女が来てからと言うものの私は途端に黙りだし、内弁慶と人見知りを発揮した。身体がどんどん日本に戻ろうとしているのを感じる。あ、向こうでも全然人見知りだったっけか。

その場を離れることにし、別の避難所を探す。なぜうろうろしてるかと言うと、まだ搭乗口が発表されないから。離陸1時間半くらい前に発表されるため、暇だ。
かと言ってイスタンブール空港に金を落とすほどの金銭的余裕はもはやないし、軽くもないボストンバッグを携えてうろうろするのも疲れてしまう。
てことでまた配信。1週間人と話してないだけあるね。
配信しながらゲートが発表される時間になった。
Dらしい。向かおう。

なんだかアジアの顔ぶれが増えてきた。オランダでは一切見かけなかったので、実に懐かしい。
ついつい「同胞たちよ!」と思ってしまった。
同胞って言葉、ONE PIECEの魚人のアーロンか、南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラしか使わないと思ってた。こういうときに使うんだなぁとしみじみ思う。

イスタンブール空港は相変わらずキラキラしている。寝ぼけ眼の私にはとても眩しい。なんだかボーッとしている。夢の終わりというのはこんな感情か。

なにやら動く歩道で日本人らしい小学校高学年くらいの子どもたちが続々と現れた。耳にした会話が私の左脳の言語分野をゆっくりと動かした。言葉がわかる感覚ってこんな感じか。向こうでは感じられなかったこと。日本が近づいている。
日本人少年たちはなにかのスポーツの選手団だったようだった。すごいねー、こんな小さいのに海外でて試合でもしてきたんか。

行きは3割くらいだった日本人の割合は少年団の団体のおかげか4割ぐらいには増えていそうだった。帰りは真ん中ブロックの端!隣はおとなしそうなおじちゃん。
なめてたら私より機内食の注文うまかった。
深紅のチェルリィジュースを一生分頼み、寝ては起きを繰り返し、あまり惹かれないラインナップのモニターも観る。トイレが近い座席なのでちょこちょこ行こう。

この旅最後の写真はこれだった

食後のコーヒーか紅茶を聞かれ、ティーをお願いするとシュガーはつけるかい?と聞かれた。
YES(えぇお願いするわ)と答えると「いくつ?five?four?(ニコニコ)」となんとターキッシュジョークをかまされた。「one,one!(やだぁもう!一つでいいわよ!)」という笑いで返す。あぁ男子とこんなイチャイチャしたのいつぶりだろうか。
このパーサー(って古い?男も女もCAって表現?)とのターキッシュジョークのくだりはもう一回紅茶頼んだときにもやった。あぁ楽しいなぁ。

モニターの飛行機は韓国を通り、日本が見えてきている。夢のような日々。ような、じゃなく夢の日々か。
終わりが見えてきた───。

───
大変長くなりましたが、次回で最終回になります。
見てくれた方本当にありがとうございます。