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「答え合わせ」の旅⑭

日本人とドイツ人との対極的な出会い

3日目の朝が来た。
この日は朝から夜まで忙しい。
朝食会場でまだ皿が片付けられてない席を指し、ここ使っていいか聞いてみた。Of course!と前の人の皿をすぐ片付けてくれ「You enjoy~」と言ってくれる。笑顔でThank You返し。
朝の給仕係くんの「You enjoy~」が毎朝とても心地が良い。日本語だと召し上がれとかお食事楽しんでねとかいろんな翻訳ができるのだろうか。

食べ終わって手短に支度を。おや、今日も晴れてそう。
コートは置いてってみるか!近いし。

今日はアムステルダム市内観光。
空港で買えなかったIAMSTERDAMカードをバチバチに使いまくる日。
スタートの地はほぼお隣さんと言っていいだろうRijks museum(ライクスミュージアム)。国立美術館だ。

朝2番目の時間帯で予約をしていた。料金はIAMSTERDAMカードでフリーだ。
とことこ歩いてすぐ着いた。昨日新たな病気がわかり、ちゃんと言葉を発する機会をつくらねばと、朝からライブ配信をした。
私はコロナで人と話さないと死ねるもんだ、ということを知っていた。これ以上悪化する前に防がねば。
視聴者ゼロでもいまはどうでもいい。私は言葉を忘れぬために発信をしよう。

カメラを回しながら待機列は美術館裏側へと伸びていたのでそれに倣う。
2列あるのなんだろと思ってたら、フェルメール展と常設展で列が違うことに気づき、常設展の列へ並ぶ。少ししゃべったところでカメラを止め、開館を待った。日陰は全然寒い、コートを置いてきてしまったが、館内に入ればたぶん大丈夫と耐えた。早く列よ動け。

「あの、すみません」
ふいに左肩から発せられた声。頭の中の錆び付いた翻訳機が瞬時に反応して「あの、すみません」を打ち込むも、日本語→日本語の訳は翻訳必要なし、と即座に却下された。パッと横をみる。

「日本の方ですか?」と。目の前に色黒の日本語をしゃべる男が現れた。
「え、あ、はい!」
「あー良かった!やっぱりそうですよね!いやー声かけるの勇気いっちゃいました!お一人で来たんですか?すごいですね!」
「あーそうなんですよぉ!」
他にもなにか軽くしゃべった気がするが忘れた。
ただとりあえず私は先に列に並んでおり、横入りは許されない空気があったので「じゃまた~(これこそYou enjoy~みたいな感じ)」と言ってお互い日本人確認をし合って終わった。

わぁ!会話した。何日ぶり?鬱気味だった心は少し晴れやかになった。会話ってやっぱり大事だ。
コロナで人と会話できないつらい日々を耐えて、そしてここでも私は会話の重要性を再認識した。

列が動き出す。
入口で予約のバーコードとフリーパスを準備して待っていたところに
「あれーチケット…俺のこれなんですけど、ちょっとそっちのと違いますよね?」と。
え、いつの間にさっきの日本人男。
「あ、あーほんとですね。。ちょっと違う…」
男は言う。「でもあっちにいる人に見せれば大丈夫って言われたんですよね~、ちょっと見せてきます、それじゃっ!(ペコリ)」
「あ、はい…また~」

ここは美術館。そして異国。
異国でも違うとこならまだいいんだけど、美術館は見ず知らずの男と回るつもりはない私は少しホッとした。
華麗にバーコードを提示して入場をパスできた私は、この男を撒こうと決めた。

音声ガイダンスが借りられるらしい。もちのろんでJapaneseをオーダー。誰ここにJapanese用意してくれた人。聖人?恩人?感謝感謝ダンクウェル。

よぅし回るぞ。まずは二階だ。
あの男にできるだけ会わないように私は注意しながら巡回することにした。
ほう。へー。わぁ。ほへー。
ちなみに言っておくが私は美術館に結構行く人だ。人より全然行く方。上野なんて庭だと思ってる。
でもね、最近ちょっと気付いてた。どちらかと言うと博物館とか資料館の方が大好きで、美術館は思ったほど。。うん、エセなのよね。だからこの感想。
でも一人だけ愛して止まない画家がいる。それだけは本当。

歩いた先に人が大勢たまるところを発見。小学生たちも社会科見学で来て説明を受けている。
レンブラントの夜警だ。
これはこの美術館で特に有名な絵画。これが光と影の魔術師。でかい。躍動感がすごい。
しかしレンブラント、ごめん。私には心の底から愛してる画家がいる。あなたを一番とは言えない。

レンブラント・ファン・レイン『夜警』

おっと。その前に私は、警戒センサーが発動していた。あの男が夜警前にまたいたのだ。
ちらっと後ろを振り返られ、バレた。この欧州でこのアジア顔は目立ちすぎる。

男は自然としゃべりかけてくる。「いやーー…やぁばいっすね、これ見るためにここ来たんですよ」と。
へーそう…なんですね。
途中この人現地在住か?と思い、聞いてみた。いや全然全然。東京から来た、と。あ、私も東京です!とつい。
男は海外を巡りめぐってるようだった。
はへーすごいなぁと思った。
「LINEかInstagramってやってます?」と聞かれる。
しまった、東京なんて言っちゃったもんだから。
LINEを渋々交換。Instagramはいま私の生命装置で行きずりの男などに見せられない。やってることは伏せた。
東京戻ったらお茶でも、だって。
私は東京戻ったらこの男とお茶に行くらしい。なに茶がいいかな。
それが男を見た最後だった。
そのあとLINEも数回やり取りしたが、私の嗅覚が働き、検索の結果、翌日には某組織の一員とわかったので、すかさずブロックさせていただいた。身バレが怖いのでこの話はここまでに。黒の組織と考えていただいて結構です。コードネームはうーん、霧島焼酎とか?

さて。常設展もそこそこに見終わり、お昼前。お土産屋へ行き、牛乳を注ぐ女ミッフィーver.やらいろいろGET。
フェルメール、、では夜にまた会おうと再会を誓う。
この日は夜にフェルメール展のチケットがとれていた。この運命のお話はまた別の機会に改めて。

牛乳を注ぐミッフィーたん

終わって運河クルーズに。なんとホテル近くからクルーザー乗り場もあったので、4社くらいあるうちのBLUEBOATカンパニーのに乗ることに決めていた。
これもフリーパスで1回フリーで乗れるのだが、予約が必須。カウンターへ行く。
おじさんにフリーパスを見せる。ピッとバーコードリーダーにかざされる。うんたらかんたら言われる。
次の回は満杯だ。その次になるな、○○時にここに来てくれ。と、言いたいことは雰囲気で大体わかったのだが、肝心の時間が一切聞き取れなかった。
うそだろ、時刻さえ?と笑ってしまう。
頭に?が咲いた私に、紙に書いてある時刻をペンで指し示してくれ、ようやく理解。

この相変わらずの英語力はこのあと運河クルーズでも珍事件も起こす布石だった。
さて寒い寒い、次の時間まで20分ほどあった。ホテルへコートを取りに行ってお土産も一回置いてこよう。
ホテルへ急ぐ。まだ清掃に来てない部屋にお邪魔し、用を済ませすぐ出発。

船着き場で少し待ってると船が開かれ、みなぞろぞろ船の内部へ移動し始めた。みんなの様子を見ていたので最後の方に乗船した。
階段を下りると4-6人くらいで座れるボックス席が中央通路を挟んで左右にずらりと並んでいる。すでに客が溢れており、どっか空いてる席あるかな?と悩む。

操縦席で足を組んだ船長は、乗客になにかを伝えてる。
私が通りすがるときに手前の席を指差し「○×△☆♯♭●□▲★※,box!」と言った。聞き取れたのは「box」という単語のみ。これで意訳か。今回はなかなか難しいな。手前の席を指差していたから、、
…わかった。「もう奥の席もいっぱいだからそこの手前のボックス席に座りな」だな。OK。
前の人たちが何やらそこの席にあるイヤホン?をとっていくのに倣い、私は着席した。
ボックス席には窓際に先客がいた。欧州顔の女の子達が二人。可愛い。まだ若いんだろうなぁ。
このアジア人が相席してきて少し戸惑いのお顔たち。
ごめんよぉ、船長が座れって言うもんだから。

念のためのトラベルミンを喉に流し込み、酔いませんようにと念ずる。
隣を見るとさっきもらったイヤホンを窓際の壁のプラグにぶっ挿してる。どうやらそれで音声ガイダンスが聞けるようだ。私もお願いしたい。
恐る恐るイヤホンを差し出し、エクスキューズミーと笑って彼女たちにお願いする。OKと快くつけてくれた。あーThank You!
「What's number?」と。あ、なるほど番号によって言語が割り振られてるのか。日本の国旗を見つけて「eight!」と伝える。OKと壁のボタンを8に設定してくれた。Thank You。大好き優しい。
そしてここにも日本語があること。ほんと誰設置してくれた人?恩に着る。

バルバルバルバルバルと音を立てて船が動き出した。
運河から見るオランダの街並みもまたいい。透き通った天窓から光が差す。穏やかな時間だった。
到着後からずっとそばにいた緊張という糸の結び目は徐々にその固さをほぐしていた。温かな日射しを感じ、小一時間の間慣れ親しんだ日本語の解説を聴きながら風景を楽しんだ。

しかし、通路側に座ってしまったおかげで窓から見える景色が遠い。奥の席ってほんと一個も空いてなかったのかな?と後ろを振り返る。うーんよく見えないけどないとも言えない。よく見れば良かったな。

ふと目の前のイヤホンが入ってた箱を見つめる。
箱…あ、え。待って。もしや。
boxって…まさか、、これ?うわ。
うんたらかんたらbox!…ってイヤホンそこのに入ってるから一つずつ取ってけって説明か!!!
戸田奈津子もびっくりのくそ誤訳。自分のバカさに爆笑しそうになったが、隣の女の子達を怯えさせてしまってはダメだ。上唇と下唇をぴったり合わせ、口で一文字をつくり、鼻息だけでこの笑いを放出させた。

じゃあ一人でゆったり窓際で見れたかも?女の子たちの邪魔もせずに。いやはやこれは申し訳ないことをしたと反省。
可愛い女の子達越しに見る景色。うわー鼻高いなぁ、肌透き通ってるなぁ。気付いたらずっと女の子達を見ていた。

街並みぐらい画になる光景。

私マジ何してんの?写真も二人がどうしても写っちゃうから撮りづらいし。途中私が大好きな中央駅北口の運河を通る。うんやっぱり好きだなぁ。
船はしばらくしてまたバルバルバルと言いながら船長の切り返し技術を見せつけ、船着き場に到着した。

お邪魔してごめんね、って思ったので、でもsorryじゃないし私は親切がとても嬉しかったから、とりあえず全部引っくるめてThank You!とカワイコちゃんたちに伝えた。

二人はとびきりキュートな笑顔でこんな私に「Have a nice day!!」と言ってくれた。
ジーーーーーーーーーーン。
初めてこの言葉を使うが、筆舌に尽くしがたい感動。
いま私は世界一幸せな耳を持ってるかもしれないと思った。
チラ見したときに二人の選択してた言語がGermanyだったから心の中でダンケシェーンとつぶやき、オーセンキュー!!とまたしてもバリエーションない言葉を伝え、やはり世界は捨てたもんじゃない、と清々しい気持ちで船を降りた。

この子達の未来永劫の幸せを孫の代まで願うと私はアムステルダムの空に誓った。
box誤訳事件はそのあとも一人で笑った。人に話して笑い合うほどの面白い話でもないけど、会話と同じくらい笑いにも飢えていたようだ。

さぁて。お昼が過ぎたころ。
このお天気なアムステルダムをまだまだ観光しよう。
お昼チャレンジだ!レストランへ向かってみよう。