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だしの主役、きゅうりの話

山形のだし、という食べ物を知っていますか。

YouTubeやInstagramで取り上げられてから、ここ2.3年で有名になってきているので、もしかしたら耳にしたことがある方、実際に作ったことがある方がいるかもしれませんね。

知らない方に説明すると、山形のだし、という食べ物は、山形県の夏の郷土料理のひとつです。
みずみずしい胡瓜と、ぴかっと黒光りする茄子、ねばねば代表オクラや、野菜の王様モロヘイヤ。さらに、さわやかな大葉と、アクセントのみょうが。これらの野菜たちを細かーく刻んで一つのボウルに入れます。だし醤油で味を調え、完成です。いたってシンプル。

シンプルゆえに、野菜の鮮度が料理の出来栄えを左右する。
ごまかせない、直球勝負。

それが、山形のだしなのです。

今回は、そんな山形のだしにちなんだ、私の夏の記憶の話をしましょう。

私の夏の楽しみは、全国的に見たら田舎県に属する山形県の、さらに田舎の方の町に住んでいる、おじいちゃんおばあちゃんの家で、この山形のだしを食べることでした。

私のおじいちゃんは、農家をしていて、美味しい米やきゅうりを全国の家庭に届けています。農家あるあるだとは思うのですが、農業の延長で、他の野菜も沢山育てていて、家庭菜園もかなり充実していました。その規模を考えると、家庭農園、と言うべきかもしれません。大きな畑で、年中色んな野菜を栽培していました。

新鮮野菜の宝庫。何を食べてもおいしい。
鮮度がいい、なんて言葉を知らない幼い頃から、私は鮮度のいい野菜を食べて育ち、いわば野菜の英才教育を受けてきました。

そんな私は、大学進学に伴ってひとり暮らしをするようになりました。スーパーで自分で食材を選んで買うようになって、これまで野菜を買わなくても、新鮮な野菜をわけてもらえていた環境がとても恵まれていたということに、やっとやっと、気づいたのでした。

私は、スーパーでダンボールに並べられたきゅうりを眺めるたび、おじいちゃんのきゅうりが恋しくなります。

あの、みずみずしさと青さ。
パキっと割るとき、とげとげが痛いあの感じ。
採れたてのきゅうりに味噌をぺたっとつけてかじると、ぼりぼり、じゃくっじゃくっ、と大きな音が鳴り響く、あの感じ。


まだ辺りが暗い、日の出前の夏の朝。
きゅうり栽培をしているきゅうりハウスには、きゅうりのつるや葉がわっと生い茂っていて、少しの時間いるだけで呼吸が苦しくなるような、じとっとした重たい熱気が漂っています。そんな中で、朝早くから、ハウスでもくもくと収穫をしている、おばあちゃんの姿がとっても好きでした。

太陽がのぼり、朝がくると、私はうーんと背伸びをして、あら、寝坊したかしら、と思いながら、のんびりきゅうりハウスへと向かいます。

田んぼのあぜ道を歩いてきゅうりハウスに到着し、ハウスの扉を開けると、目の前には、私の背よりずっと大きな、きゅうりの茂みが立ちはだかります。なんか茂みに襲われるんじゃないか、といった感じ。ちょっと怖くなります。

おばあちゃんどこー!

と、ドキドキしながら緑を掻き分け進んでゆくと、

あらちーちゃん、よぐきたのー

と、奥のほうから私を呼ぶ優しい声がします。
その姿はみえないものの、その声になんだかほっとして、声のする方へ足早に駆けていくと

きょうもいっぱいとれだよー!

と、笑顔のおばあちゃん。

おばあちゃんの足元には、黄色のコンテナにぎっしり詰まったきゅうりたちがこちらを見つめ返しています。

くねっと曲がっているきゅうり、ずっしりと太くて、自分のことをおいどんと呼んでいそうなきゅうり、まっすぐに背を伸ばしたイケメンきゅうり、ちっちゃくてかわいいきゅうり、いろんなかたちのきゅうりたち。この中から、オーディションを勝ち抜いた、選ばれし者だけが、出荷用の段ボールベットに入ることができるのです。

おじいちゃんの家に住む家族は、見慣れている、食べ慣れているせいか、あんまりきゅうりが好きではないみたいです。

近くにある素晴らしいものって、意外と気づけなくて、逆にちょっと離れたところから見てみたら、とんでもなく貴重なものだって気づく、みたなこと、ありますよね。私にとっての、おじいちゃんのきゅうりはそんな感じ。

遠く離れて、気づくこと。

それは、私は、おじいちゃん、おばあちゃんの作るきゅうりが、この世界で一番大好きだということ!!

ここまできゅうりに愛を持つ人もいないんじゃないかくらいに、おじいちゃんおばあちゃんの作るきゅうりが大好きです。

そう言うと家族に驚かれるのですが笑

ぜひ、たくさんの人におじいちゃんおばあちゃんの作るきゅうりを食べて欲しい。こんな美味しいきゅうりを作るおじいちゃんおばあちゃんの孫であることは、私の自慢であり、誇りです。

おじいちゃんおばあちゃんの作るきゅうりを、ずっと、ずっと、今年も来年も再来年も、食べ続けたい。

ああ、今年もそろそろ、きゅうりの美味しい季節だなあ。

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