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短編『何も気にならなくなる薬』その157

「睡眠薬」
「カウントダウン」
「計算」

あと、三分。三分もあれば眠りにつけるだろう。
睡眠薬を投与してから薬のパッケージを眺めること数分、ようやく眠気が襲ってきた様な気がする。
「投与してから約十分で眠りにつくことができます」
誰がそれを計算したのだろうか?
おそらくは治験のときに研究者が計測したのだろう。
まさか治験者自らタイマーをかけたとは思えない。眠りについてしまっては自らタイマーを止めることなんかできないはずだからだ。
あれから何分経ったのだろう。もう十分は経ったのではなかろうか。
確認するすべがない。薬を飲むときに時計を見ることを忘れてしまった。
まだ眠れない、まだ眠れない。
よく羊を数えれば眠れるともいうが、実際にちゃんと羊を見たことはない。なんとなくこんな感じだろうとは思うが、そんな曖昧なものを数えるくらいならなんでもいいような気がする。
眠れるなら羊でも牛でもなんでもいいのだろう。
厳密には何匹数えれば眠りにつけるのだろうか?厳密な計算をされたことはあるのだろうか。
それを研究している人がいるのだろうか?
まだ眠れない、まだ眠れない。
そう言えば眠るときには枕の向きを気にしなくてはいけなかったか、北だったか、南だったか。
恩人に足を向けて眠れないなんてことも言う。今、恩人はどの方角に住んでいるのだろう。
そう言えば、炊飯器のスイッチは入れただろうか。
玄関の鍵は締めただろうか。
業務連絡は滞りなく返信できただろうか。
まだ眠れない、まだ眠れない。
ご飯の炊けた匂いがする。朝だ。いや、タイマーの設定を間違えたのだろうか。
カーテンを開ける。朝日が差し込んでくる。
間違いなく朝だ。
まさか、眠れなかったのだろうか?
それとも眠れない夢を見ていたのだろうか。

美味しいご飯を食べます。