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短編『何も気にならなくなる薬』その53

天気をよく調べるようになった。
今更すぎるかもしれないが、洗濯をするためにはやはり晴れてくれる方がありがたい。
同時に気にかけていたのが、
「熱中症警戒アラート」
これには以前も触れたが、今日に至っては表示されていない。
いくらか連日よりはマシということだろうか。
とはいえ、この暑さが危険なことは変わりない。
食欲が落ち着いてきたのは夏バテか、それとも歳のせいか、どちらとも取れそうな微妙な時期に差し掛かる。
そろそろ運動を取り入れたいというのは通年思っていることなのだが、この暑さのなか、自転車を走らせるのも少し躊躇う。
家の中で涼むのもいいが、少しばかり飽きてきた。
やはり体を動かすのは大切だなと改めて思う。
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ショート『ちゃうちゃう』

「なんだいお前さん、急にそんな血相変えて」
「なんでって、そりゃ、あんな恐ろしいものを見たら誰だって血相変えて帰ってくるもんだ」
「水でも飲んで落ち着きなよ」
「んぐっんぐっ。はぁ」
「落ち着いたかい。それで、何を見たのさ」
「いや、お前も知っての通りだが、今日はな、お屋敷へ仕事納めに行ったんだよ。そしたら、そこで見たんだよ」
「何を見たのさ」
「これがおそろしかったのなんの。足が四本、全身が毛むくじゃら、鼻の頭が濡れていて、口には大きな牙、ワンと吠えた」
「そりゃ犬だろよ」
「ちゃうちゃう」
「違うのかい」
「いや、ちゃうちゃう」
「どう違うのさ」
「ちゃうちゃうっていう犬なんだよ」
「変な名前ね。で、何が恐ろしいのよ」
「これがもう、恐ろしくて恐ろしくて、仕事納めで見かけたのが運の尽きだ。仕事初めなら、仕事ついでに拝めることができたが、仕事納めだったばかりにもう二度と拝めない」
「そんなに見たいなら断って見に行けばいいじゃない」
「バカをいうなよ、職人が理由もなくお屋敷訪ねたら、自分の仕事に自信がないみたいだろう。あぁ…あれは可愛かった…あのくしゃくしゃの顔…ひと思いに食べちゃいたいくらい」
「そんなにかわいいのかい」
「あぁ、そんな言葉じゃ扱いきれない。もう、どうにかなりそうだ。あのくしゃくしゃの顔、あぁ、寒気がしてきた。俺は寝込むよ」
「そんな事で寝込むやつがあるかい」
「いや、そうじゃない。そのことを考えてたら帰り道で川に落ちた」
「こりゃ重症だね」
それからハっあん恋煩い。
くしゃくしゃにした紙を見ただけでうっとり見惚れるくらい。
さらには自分で木彫りのちゃうちゃうを作るくらい。
「あれ知ってるか」
「あぁ、なんでも惚れ込んで倒れたとか、いわゆる恋煩いだよ」
「奥さんがいるのにか」
「あれはどちらかといえば狸だからな」
「少しからかってやろうか」
「どうやって」
「そのちゃうちゃうとやらに似ている女を見つけて、ちゃうちゃうの生まれ変わりだって」
「おいおい、面白そうだな。早速探してやろう」
この二人が街中を出歩いて女性の顔を見るなりちゃうちゃう、ちゃうちゃうなんてやってますから「何が違うのよ」なんて時々怒られて平手打ちされたりなんかしまして、
「いや、あれは痛かった」
「そうか?おれは癖になりそう」
「馬鹿だなお前は、しかしだよ、これは下手に女性を口説くより難しいようだ」
「はい、おまたせしました。お茶とお団子です」
「あぁ、おばあさんお茶有難う、って、おい」
「どうした」
「見てみろよ」
「いや、腫れちゃいないよ」
「そうじゃなくてあのばあさん、そっくりだよ」
「どれって、ほんとだよ、ありゃそっくりだ」
「ちょっとばあさん、お店の団子買い占めるから頼みを聞いてくれ」
そうして話がつきまして。

「おい、ハっつあんまだ寝込んでるのかい」
「あら、ふたりともどうしたの」
「いやね、あんまり寝込んでるもんだから様子を見に来たんですよ。ちょっとあがらせてもらいます」
「それは構わないけども、その後ろのおばあさんは」
「いや、それは後で話すから、おい、ハっつあん」
「うーん、ちゃうちゃう」
「ここのところずっとこんな風に唸ってるんですよ」
「こりゃひどいね、おいおい、ちょっと目を開けてみてみろ」
「うーん、ちゃうちゃ……ちゃうちゃうっ!」
「聞いて驚くなよ、なんでもこのおばあさん、ちゃうちゃうの生まれ変わりだそうだ」
「あぁ、本当にそっくりだよ、可愛らしい」
「少しは元気が出たかい」
「あぁ、まさか生まれ変わりがいるなんて。だけど、一つ気になることができた」
「なんだい」
「もしかしてだけど、うちのかみさんは狸の生まれ変わりかい?」





美味しいご飯を食べます。