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鎮丸~天狗舞ふ~ ④

「晴屋!」鎮丸は本堂に駆けよろうとするが、またも突風が吹く。

飛ばされた鎮丸は、晴屋の体の上に重なるようにして倒れ込んでしまった。

雷鳴の中、兜巾、赤く長い鼻、白い翼、団扇、誰でも見たことのある姿が一瞬だけ浮かび上がる。

「まさか…。」

晴屋は既に気絶している。鎮丸は驚きを隠せなかった。実物の天狗を見たのは初めてだ。

「何を驚いている。」その存在は人語を話した。「我らの結界に入り込んで来たのはお前達の方ではないか。」

鎮丸はその時、微かな瘴気の残滓を感じた。
「ふっ…これだ。この臭いの元を知りたくて扉を開けたのさ。少々失礼だったかね?」と絞り出すように言った。

「くくく…確かに無礼千万なり。」天狗は言うや否や、抜刀して滑空して来る。

鎮丸は天狗の切っ先を辛うじて音叉で弾いた。「ガキィィーン!」鈍い余韻を残して音叉は後ろへ弾き飛ばされる。同時に鎮丸は本堂の石段から土の上に放り出された。

天狗は宙を舞い、鎮丸目がけて頭上から襲いかかる。体をかわすが、作務衣の裾を地面に縫いつけられた。

天狗は地面から刀を抜き取り、上段に振りかぶって斬りかかる。

かわしながら鎮丸は右手から気を発し、晴屋にぶつけた。「晴屋!寝てる場合か!」

「ぐっ!?」晴屋の体は一瞬上下に微かに痙攣する。晴屋は目を醒ますなり眼前に天狗の姿を認めた。

「て…天狗?!先生、こりゃ一体?」明らかに狼狽えている。

「説明は後だ!音叉を拾え!」鎮丸は叫ぶと破れた作務衣を脱ぎ、丸めると天狗目がけて投げつけた。

天狗は微動だにせず、それを切り捨てる。しかし、鎮丸はその一瞬の隙を逃さず早九字を唱えた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

天狗は一歩後ろに下がったが、同じく早九字を宙に書き、これを相殺した。

音叉を拾った晴屋がすかさずそれを鳴らして不動金縛りをかける。

だが音叉の音は澄んでいない。
術は掛からなかった。

晴屋は音叉を訝しげに見る。音叉には天狗のつけた大きな刀傷があった。

「しまった!」鎮丸は舌打ちすると同時に「韋駄天足!」と叫び、足を鳴らす。
そのまま晴屋を脇にかかえ、扉の開いた摂社まで空を走った。

社の前に二人で転がるように倒れ込んだ。「ナァモ アチャラナータ!」鎮丸が言うと不動明王が社の前に姿を現した。

不動明王は、追ってきた大天狗を索で捕縛し、社の扉から中へ放り込んだ。

そしてなんと社に俱利伽羅剣を振り下ろした。大地は割れ、赤く揺らめく業火の中に祠は落ちた。

次第に辺りが明るくなる。

二人の目の前から忽然と社だけ消えていた。

あたかも、端からそこには何もなかったかのように。

(to be continued)

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