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鎮丸~怪蛇とをらふ~ ④

4月の良き日。龍之介と蓉子は結婚式を挙げた。場所は龍之介の実家の神社だ。
神前結婚である。

龍之介の実の父が神前で祝詞を奏上する。
桜が今日の日を祝うように満開に咲き誇っている。

蓉子の父、母、龍之介の母、皆が穏やかな顔だ。参進の儀(さんしんのぎ)の最中、雅楽の調べの中、新郎新婦、両家の親族が列になって本殿まで歩いていく。

角隠しの下から僅かに見える蓉子の顔は、微かな緊張を含みながら、とても静謐な幸福感に満ちていた。

虹子は他の友達と一緒に社殿の下で祝詞を聞いていた。母親に買ってもらった振り袖を着ている。着慣れないためか、窮屈で仕方が無い。

「本当に良かったわね!私にもいい人現れないかな!」友人と無邪気に笑った。虹子は、自分も昇殿したくて仕方がない思いだった。

神楽の奉納が始まる。虹子は初めて見る舞に興奮気味だった。こんな世界があるのかという新鮮な感動だった。

友達の結婚式、そしてそこで見る舞。感動は二倍になった。座っている龍之介に目をやる。私も神主さんのお嫁さんがいいかも…。
漠然と思う。

披露宴の席。隣に座ったサイクリング仲間と虹子は談笑している。蓉子と共通の友人だ。袖をたくし上げて膳に箸をつける。

友人が虹子の肘を見て「あれ?やっちゃった?どうしたの?虹子らしくない!」と微かに笑う。

「そうなのよ!聞いてよ。この前、ちょうどここの神社の前を通ったら、植え込みから小さな蛇が出て来たのよ!」

「へ…蛇?見間違いじゃないの。こんな都会の真ん中で!」友達が驚いて聞く。

「うん。よく見てなかったけど。蛇みたいな長いもの。」思い出そうとするような仕草で虹子が言う。

「ふーん、それを避けて転倒って訳ね。」
友達が虹子の擦り傷を見ながら言う。

「独りで走ってたの?」続けて友達が聞く。

「ううん、戸黒さんと。あなたも知ってるでしょ?」友達もこの男とは面識があった。

「やだー!あのおっさん?なんであんな人と?」友達が笑う。

「偶然会ったのよ!新宿中央公園のとこで!」虹子が恥ずかしそうに言う。

「なんでもないからね!戸黒さんとは!そんなに親しくもないし。」自分の気持ちを打ち消すかのように慌てて虹子は弁明した。

友達は少し真顔になり、「私、あの人嫌い。なんか陰気なんだもの。」と言った。

虹子は「そ…そうかしら?そんなに悪い人じゃないわよ。」と答える。

披露宴は和やかに終わった。

「いい結婚式だったね!」
「蓉子が羨ましいな!」
「お互い早くお相手見つけなきゃね!」

晩婚化する昨今、積極的に青春を謳歌しようとしている女性たちだ。

友達と別れ、虹子は駅へと歩いている。
ふいに肘の傷が疼くような感じを覚えた。

(to be continued)

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