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鎮丸~天狗舞ふ~ ⑤

二人は摂社のあった場所に座り込んでいる。

「見たか?晴屋君!天狗だぞ!天狗!本物の!」鎮丸は子供のように興奮していた。

晴屋は、「えぇ。私も自分の目が信じられませんでした…。せ、先生も見たの初めてなんですか。」と聞き返す。

鎮丸は、「あぁ、『天狗になってる人』は散々見てきたがな!」と皮肉を言った。

数刻後。新宿のサロン。

葉猫が二人の体に糾励根を湿布しながら言う。
「全く、二人とも無茶しないでよね。」

「天狗ってのは、修験者の象徴だと思ってたが、まんまだったよ。まんま。な!晴屋君!」鎮丸が興奮冷めやらぬ口調で言う。

葉猫は、「でも、おかしいわね。人間に危害を加えるような存在でもないはず。…何か怒らせるようなことをしたでしょう?」覗き込むような視線で聞いた。

「……」これには二人とも黙ってしまった。

晴屋が誤魔化すかのように、
「すいません。葉猫先生、音叉を一本駄目にしてしまいました。」と言った。

「あら。けっこうするのよ。仕方ないわね。」と言って葉猫は晴屋が渡した音叉を受け取る。

「…!」葉猫は音叉からビリビリとした瘴気を感じた。音叉には大きく傷が入っていた。

「な?その瘴気!」鎮丸が言うと、葉猫は音叉に塩をかけ、和紙に丁寧にそれを包み、ごみ箱の中に捨てた。

晴屋はただ黙ってそれを見ていた。

その時、ドアが開いた。

「こんにちはー!」 虹子だ。
最近、虹子は連絡なく頻繁にサロンに来る。
鎮丸と葉猫はこの快活な若い女性が嫌いではなかった。施術の邪魔にならない限りは歓迎していた。

「あっ!晴屋さん!その打撲どうしたの?大丈夫?」心配そうに聞く。

晴屋は「虹子さん、こんにちは。ええ、ちょっと、そう…自転車で転んじゃいまして。」と答える。

虹子は「自転車って、あの戸黒さん乗ってたのと同じ型のやつ?」と聞いた。

続けて「晴屋さん、意外に運動神経鈍いのね。」と残念そうに言った。

だが、またすぐに元の笑顔になり、「はい。これ!」と言いながら晴屋に小さな袋を渡す。

袋には「高幡不動」と書いてある。

「私ね、高幡不動に行って来たの。」晴屋が虹子から受け取り、袋を開けると肌守りが入っていた。

「え?これを俺に?いいんですか?」嬉しそうに晴屋は笑う。

晴屋の実家は元々、真言宗の寺であった。そもそもが高幡不動の末寺である。虹子はそれを知ってか知らずか、本山のお守りを買ってきたのだ。

「大事にします。」「うん!」

そんなやり取りに鎮丸が割って入る。
「晴屋君、そろそろ予約のお客さんが来る。それとな。明日出張ヒーリング、下北沢だ。一緒に来てくれ。」

「今月は出張が多くなりそうね。」葉猫がカレンダーを見ながら言った。

(to be continued)

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