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私の職歴① 医療ソーシャルワーカー、特に印象深かったケース

出勤した早々、私の担当している方が、自己管理で渡されていた薬を一気に飲んだ、と連絡が入りました。

えっ! なぜ?
私はちゃんと話を聞けてなかった?
真っ青になって病棟に駆けあがると、幸い命に別状は無く、病室で休んでいるとのこと。
訪ねると意識が混濁した様子もなく、表情もあります。
その日は、休んでもらって、あらためて話を伺うことにしました。

その患者さんは、右半身麻痺で失語症がありました。話の理解は出来るけれど、発話が難しい。
筆談を交えながら、コミュニケーションをとりました。

彼は他の人の名前で国民健康保険証を作って入院していたことがわかりました。
日雇い現場を転々とし、たまたま同じ現場になった人の個人情報で作ったようです。
では、彼は一体誰なのか?

なかなか核心に触れられず、「今、何がしたい?」と聞くと「墓参りがしたい」という返事。
お墓は病院から車で1時間半かかる場所。
身寄りもなく、連れて行ってくれる人はいません。
お墓には両親が眠っているとのこと。
自分は誰なのかを問い直すとても大切な事だと思い、上司、主治医、病棟に相談しました。
彼が今の問題を整理して、次に進む大切なステップであることを説明し、病院の公用車で私が付き添いお墓参りの為の外出許可が出ました。

職員が運転して出張することは許されていないので、運転者付き黒塗りの車に、患者さんと同乗し、片道1時間半のドライブです。
失語症もあり、車内で話すことはほとんど無く、でも穏やかな時間。
久しぶりの外出で、それも海沿いを走る時間もあり、患者さんは、車窓越しに景色を眺めていました。

お寺に着くと、車椅子に乗り、迷う事なく両親が眠る墓まで案内してくれました。
「鈴木家ノ墓」の前まで来ました。
鈴木さんだったんだね。
自分では無い誰かになって過ごすのは苦しかったでしょう。
鈴木さんに戻れてよかった。

帰院してから、面接を重ねました。
ずっと昔だけど、詐欺まがいの事件を起こしたこと、それから、身を隠すようになったこと。
マグロ船にも乗ったり、長年会っていない息子さんがいること…波瀾万丈の人生。

鈴木さんと一緒に警察に行き、詐欺については、事件になっていたとしても時効を向かえているから、隠れる必要がない説明を受けました。

生活保護を申請し、補装具を作りリハビリを続け、医療的リハビリテーション終了後、生活訓練を受ける為、更生訓練施設へ入所手続きを進めました。
こうして、新しい生活を準備するリハビリテーションが始まるところまで、3ヶ月間、面接をし、施設の見学をし、一緒に考える時間を過ごしました。


施設へ移る日、ケースワーカー室まで挨拶に来てくれた鈴木さん、別れを惜しみながらも軽やかな表情でした。

この世に生きている人全員、
みんな一生懸命に生きてる、と思います。

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