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囁かれた死

【囁かれた死】


私の周りは常にうるさい。


ラジオの周波数が上手く合わない時のようなピーピーガーガー音だったり、何十人いるんだってほどの話し声、誰かの叫び声(しかも無限リピート)と何かがぶつかるような音、などなど。ちょっと波長を合わせればそんなものばかり聞こえる。

街に出ればそれもまた多様になり、うるさくて仕方がない。たとえノイズキャンセリングのイヤフォンをしていても関係なく聞こえてしまう。自分の中のそういうセンサーのようなものを閉じてしまえば良い話なのだが、そうしてもすり抜けて聞こえてくることがある。


ある日、電車に乗っていた時のこと。

都内をぐるぐる回る、いつでも人混みにまみれた電車。車内は比較的静かなはずだが、この日も相変わらずザワザワと騒がしかった。と言っても意味不明な叫び声などは聞こえず、ただひたすら大人数でコソコソと内緒話をするような声だけだが。

隣の人と肘がぶつかりそうな距離で立っていた私は、ぼうっと流れる景色を眺めていた。ああ、もう春なんだなぁなんて呑気なことを考えていたと思う。そうして少し油断していたところに、突然耳元でハッキリと囁く声がした。


「…死んだかな?」


は?と思わず声が出そうなのを堪えて、振り向く。もちろん誰もいない。正確には、私に話しかけた人物はいない。でも、気を取り直してまた窓の外に視線を戻した時、

「ねぇ、死んだかな?」

また聞こえた。今度は吐息が聞こえそうなほど近くで。死んだ?何が?知ったこっちゃないわと内心苛立ちながら、うるさい、あっちへ行けと口だけで呟く。すると、舌打ちするような音ともに声は止み、もうそれ以上何も聞こえなくなった。

何だったんだと思ってるうちに目的地につき、降りるついでに少し振り向くと、車内にはまだ人が沢山乗っていた。その中に、やけに暗い顔をした人がいた。リュックを背負い、眼鏡をかけ、酷く疲れたサラリーマン風の男性だ。その時、また声がした。


「うふ、死んだね」


その声は、その男性から響いてきたような気がした。その人自身は生身の人間だったが、明らかにそこから発せられた言葉だったと思う。気にはなったが、扉は閉まり電車は発車。私も用事があったので、それ以上特に深く考えることなくその場を後にした。


夕方になり、帰宅のために戻ってきた駅でアナウンスが聞こえた。

『〜…復旧まで、今しばらくお待ちください』

飛び込みの人身事故で電車が止まっていた。
彼なのだろうか。
SNSを確認したら、男性との表記。

比較的すぐ復旧した電車に乗り家路を急いだが、その日はもう再びあの声が聞こえることは無かった。

囁かれた死。


人混みのノイズには、時々そういう声が混じる。

今でも変わらず、私の周りは常にうるさい。

 



※実体験を元にほんの少し脚色して書いています。出てくる個人名や会社名、地名などは現実のものとは一切関係ありません。


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