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食べられた頭

【食べられた頭】

近頃は昔ほどテレビで心霊番組や恐怖映像特集などを見なくなった。夏といえばホラー!という常套句すらあまり見かけない。その代わり、昨今ではタレントよりもYouTuberなどが心霊スポット巡りをすることが増えた。夏になるとその手の動画が某動画サイトにずらりと並ぶ。


心霊スポット。それこそ時代が変わっても衰えない魅力と耽美な誘いをまとうものはないと思う。


私も例に漏れず、何度かそういう場所を訪れたことがある。と言っても、個人的にはわざわざそんな場所にいかなくてもそこら中に普通の霊や妖怪の類はいるのだが、俗に言う「磁場の強い」場所に行きたいという好奇心に負けた。

ある時友人と2人で車を借り、夜中に出発。都内の明るいハイウェイを走り、低音鳴り響くクラブ音楽もかけて気分揚々とその場所へ向かう。そのうちハイウェイを下り、しばらく走ったところで私道ではないかと思われるような荒い無舗装の道を通ってとある山の山道に着く。ここから先は車では行けない。

「ねぇ、着いたよ。どうする?」

「え!?ここ車で行けないの?うわー、失敗した」

友人とそんな話をしながら周りを見る。お目当てはこの山道を登りきった所にある神社なのだが、思っていたより道が狭いのでやはり車では無理そうだ。仕方なく降りるかと友人が支度していたが、私はその時ある一点から目を逸らせなくなった。


髪をボサボサに振り乱した女が、友人側のドアの向こうからこちらを覗き込んでいる。


私は助手席、友人は運転席。つまりその女は運転席側から私と目が合っていたわけだが、そちらは崖である。生身の人間でないことはすぐわかった。そもそも、やけに首が長い。目も明らかに普通のそれより大きくて、口元はニタニタと気味悪く笑っている。

「…ここでも、十分かもよ」

「え?何が?」

私の呟きに友人は疑問符を浮かべた。幸いにも彼女に霊感はない。こういう所へ来るくせに大変な怖がりなので、もし見えていたら泣き出しただろう。

「もう暗いし、道も悪いからこのまま戻ろう。Uターンできる?」

「うーん、できるかなぁ。無理ならバックで戻るよ」

この女はちょっとヤバい。何となくそう思った。基本的に彼らはこちらに何かしてくることはないのだけれど、この女はそう言いきれない気がした。

かりかり、かりかり

ああ、いけない。女が爪で窓を掻いてる。

「よし、ギリギリいけそう」

「良かった、山道だからバック嫌だよね」

少しほっとしたその時、友人の顔の向こうでギタギタ笑う女の首があらぬ方向に折れ曲がった。ゴキゴキと音がしないのが不思議なくらい、ちぎれるんじゃないかと思うほどあちこちにぶんぶんと折れる。お前大丈夫か?と心配になるほどだった。

そのうち女の髪が逆立ち、笑うその唇からはなにか黒い液体が溢れて滴る。振り回される頭の速度に合わせてその液体が車の窓に飛ぶが、友人は気が付かない。彼女は上手くUターンして来た道を戻ろうとハンドルを切っている。その間も女の爪が相変わらずガリガリと窓を掻き、ぶんぶん回る頭が本当に目障りだ。何をしたいんだお前は。

ようやくUターンし終わって山道を下り始める時、バックミラー越しに振り返ると、長い首から垂れ下がるように折れ曲がった頭が見えた。目は真っ直ぐ私を見ている。真っ赤に充血して、まつ毛はなく、左右の視点が微妙に合っていない。

「うわ、」

その時、突然友人が声を上げた。なにか見えたわけではない。突風のような強い風が吹き抜けて車体が揺れたのだ。でもそれは一瞬。それまで風などなかったのにと思いながらもう一度バックミラーを見ると、女がいない。否、正確には「女の頭がない」。

木だ。

咄嗟にそう思った。先程まで車を停めていた場所に生えていた大きな木が、まるで腰をかがめるように曲がり、女に覆い被さっていた。よく見ると、その木の枝と枝の間に人がすっぽり収まりそうな大きな唇があるのがわかった。ニィ、と笑ったように見えるその唇から、女のものと思われる髪の毛が垂れている。

首から上を失った女の体が倒れて、木がゆっくりと元の位置に戻ろうとするあたりで車は辻を曲がった。

そこからは何も無かった。再び都内のハイウェイに戻り、2人であれこれと話をしながら帰路に着いたと思う。車も事故を起こすことなくレンタル会社に返却した。私しか見なかったことなので、友人には話さなかった。

食べられた頭。


あの女は悪霊だったのか。そしてあの木は、山の上に鎮座する神社の遣いだったのか。それとも、2つともただの怪異だったのか。


今でも心霊スポットと呼ばれるそこには、それ以来一度も訪れていない。


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