東大卒・無職が考える「プライドの捨て方」

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こんにちは、強化指定豆腐メンタルです。
今年度で30歳になる無職です。
最近どんどん食事が雑になっていてよくないな、と思っている一方、体型の均整は人生史上最もとれているんじゃないかという気がしていて、「まぁだったらなんでもいいか」と雑な食事を続けている今日この頃です。


昨日とある方とお話しているときに、

「プライドってどうやったら捨てられますか?」

という質問をいただきました。

その場ではあんまりちゃんと答えられなかったのですが、思うところのある問いではあったので、今日はちょっとその辺り書いてみたいと思います。
「東大出たのに無職とかwwwww」みたいな言われ方をしてもさして気にならない程度にはプライドを削ぎ落としてきた人間の言うことなので、多少は誰かの役に立つところもあるかもしれません。

それでは、どうぞ。

東大に入ってプライドがへし折られた

もともと僕はプライドの高い人間だったと思います。
それほど頑強でない自尊心(プライドではなく)を補強するためというのもあって勉強にいそしみ、結果それなりに偏差値競争の中では上位に立つことができ、その誇りを支えにして自分を保っていたところがありました。
天狗とまではいかないにせよ、「自分は勉強がこれだけできるし、やろうと思えばそこそこなんでもできる」みたいな感覚はもっていたのではないかと思います。
高校を卒業するまではそんな感じでした。

しかし東大に入学してから、様子が一変しました。
最初は結構やる気に満ちあふれていて、スケジュールをきちんと立てて勉強したりしていました。
が、2年生に上がりもしないうちに、それができなくなります。
自分が何をやっていったらいいのかまるでわからない、「神様を失った」ような状態に陥ってしまいました。

どうしてそんなことになったのか。

一つ大きな理由としては、同級生に「自分よりもすごいやつ」がたくさんいたからです。
大学に入ってからも(というより大学に入ったからこそ)勉強に全エネルギーを注ぎ、猛スピードで成長していく人。
受験時の成績が自分よりも上であるだけでなく、歌や楽器がうまかったりスポーツがめちゃくちゃできたりと、天から二物も三物も与えられているかのような人。

そういう人たちに限って、僕が長らく参照してきた「テストの点数の良し悪し」「偏差値の高低」みたいな基準を、大して重視していないように見えました。

最初のうちは、自分もそっち側にいけるような気がしていたのです。
でも、そんなことにはまったくならなかった。
どんどん差は開く一方でした。
僕が日々の学習やら何やらを事務的にこなしているあいだに、彼らはどんどんそれぞれの高みに向かって走り去っていってしまうのです。

「テストの点数」「偏差値」みたいな尺度がすっかり色褪せてしまった世界で、僕は途方に暮れてしまいました。
自分のやりたいこと・やるべきことをひたむきに追いかけている人たちが眩しくて仕方ない(でもそうなる方法はまるでわからない)。
他方で、高校時代の延長のような勉強の仕方・進路選択の仕方をしている人たちのノリにはまったくついていく気になれない。

そんなわけで、大学時代以降、僕は基本的に孤独でしたし、ふさぎ込んでいましたし、不安に襲われてばかりいました。

へし折られたプライドがかえって役立った

真っ黒でいいことなしの大学時代みたいに思われるかもしれないし、在学中は実際そう感じていたのですが、今にして思えばそこが最大のターニングポイントだったように思います。
あそこでプライドがぐちゃぐちゃになったことが、「プライドを手放していく」というあり方の原点だったのではないかと思っています。

就職活動に失敗して一度留年した僕は、2回目の大学4年生の初夏くらいから、地元のバーに通い詰めるようになります。
村上春樹の小説なんかを読んで、「バーに行けば何かに出会えるかもしれない」と期待してたんですね、多分。

そこのマスターは僕より4つか5つくらい年上の男性だったんですが、その人に僕はたびたび「東大らしくなくて面白いね」と言われていました。
文学青年崩れみたいな大学生だった僕はその言葉を、「まぁ、確かに俺は東大生の王道からは逸れてるから」みたいな調子で、斜に構えて受け取っていました。
要するになけなしのプライドは残ってたんですね。
小説家になりたくて小説を書いていたその頃の僕は、「自分は曲がりなりにも夢を追って行動している」というプライドを杖に自分を支えていたんだと思います。

いずれにせよ、そこでもらった「東大らしくない」という言葉は、それ以降も僕にとってある程度重要な重みをもちつづけています。
要は「別に東大生の王道を往くような生き方ができなくても、それはそれで認めてくれる人がいるんだ」とわかったことが、僕のアイデンティティの再生に大いに役立ったわけです。
本筋を外れたって別にいい、本筋だけが生きる道じゃない。
そういう認識を獲得したことで、僕の世界の見方は当初のプライドとは決別した方向へと転じはじめることになります。

就職してから

大学を卒業し、就職してからしばらくは、まだまだプライドの残骸を引きずっていました。
学生時代の近しい友人がやれ「海外旅行に行った」「車を買った」みたいな話を聞くたびに、月50時間近く残業しながら地方公務員並みの収入に甘んじていた自分を恥じていましたし、小説家になる夢も捨てずに抱えつづけていました。

しかしその一方で、へし折られたプライドが導き入れてくれた新たな展開もいろいろありました。
最も大きな話でいうと、僕は就職して2年目、大学時代にやっていた(けれど不完全燃焼で終わった)アカペラに再チャレンジするべく、とある大学のサークルにもぐりこみました。

当然の話、大学のサークルですから、周りにいるのは自分より年下の学生ばかりです。
しかし僕は、そこにほとんど抵抗なく(そして向こうからの抵抗もさして受けず)するりとなじんでいくことができました。
それはおそらく、「東大には入ったもののそのあと早々に落伍し、今も人生を生き迷っているしがない人間」という自意識があったからです。
「社会人の自分は学生とは違うから……」なんて居丈高になりようもないくらい未熟で未完成な自分だったからこそ、こいつらは若いからどうだのこうだのと言わずに、自分より若い人たちの群れの中に入り込んでいけたのだと思います。
サークルはもう辞めて久しいですが、今でも仲良くしてくれる友人はそれなりにいます。

そんなふうにして、ほぼ丸4年にわたって、僕は自分より若い人に囲まれつつ、あまり好きではないタイプの労働に耐えながら過ごしていました。
その日々の中で少しずつ、プライドの残骸も風化していったのだと思っています。

ちなみに、サークル以外のところでの出来事は影響していないのか。
それはもちろん、大いに影響していたと思っています。

一つは仕事です。
新卒で入社した会社に、僕は5年間勤め、酸い甘いで言えば「酸:甘=8 : 2」くらいの割合で過ごしたわけですが、そこでも得るものがなかったわけでは決してありませんでした。

端的にいうと、やはりいろんな人と出会えた影響は大きかったです。
自分より優秀だったり仕事ができたりというように、同じ尺度に置いたときに見比べたときに「すごい」と思う人ももちろんたくさんいたわけですが、そんな尺度で測れないような(僕の主観で言えば)「規格外」な人もそれこそたくさんいました。

基本的に僕は大学の先生を相手に仕事をしていたのですが、とにかく大学の先生というのはたいがいクセの塊ばっかりです。
その分野の権威であり大家と呼ばれるような研究者が蓋を開けたら社会性の面はてんでめちゃくちゃで、なんてのはありふれた話でした。
「自分の尺度じゃ測れない人というのは山のようにいる」「むしろ一つの基準で物事を見ようとするなんてのは無理な話だ」ということを、身をもって学んだことの影響は大きかったです。
他人の多様なあり方を認められるようになったからこそ、自分に対しても「〇〇ねばならない」「〇〇できている自分は人より偉い/劣っている」みたいな見方をしなくて済むようになったのではないかと思っています。

そしてもう一つは、パートナーとの付き合い。
付き合ってもうすぐ4年になるパートナーには、自尊感情を養ううえでずいぶん力になってもらいました。

とにかく僕は、自分という存在そのものを承認してもらうことに飢えていたのだと思っています。
うまくいかなくても、評価されなくても、見放さずにいてくれる誰かがほしかった。
自分だけでまかなえればそれに越したことはなかったですが、当時の僕にはちょっと無理でした(今も無理かもしれない)。

だからこそ、「どんなことがあっても見放さない」「ずっと一緒にいる」と言ってくれて、隣にいつづけてくれたパートナーには感謝が尽きません。
彼女が隣で教えつづけてくれていたからこそ、「別に何ができなくても生きていていいんだ」「愛されるのに理由はいらないんだ」と少しずつ理解することができたのだと思います。
劣等感や、その裏返しとしてのプライドを徐々に手放すことができたのは、紛れもなくパートナーの力によるところが大きいです。

無職になってから

そんなこんなで、新卒で入社した会社を5年勤めて辞め、僕は今のような状態になりました。
一度転職はしたものの、結局あんまりうまくいかず、そちらは半年ちょっとで辞めてしまいました。
正直言って「そんなこともあったなぁ」くらいに自分の中では片付いてしまっていて、プライド云々に関して言えばそんなに得るものもなかった期間だったと認識しているので、ここでは端折ります。

というか正直なところ、プライド云々で言うと、最初の会社を辞めた段階でほぼ僕の中での認識は確立してしまっていたんじゃないかと僕自身は思っているんですね。
年収を大きく下げて転職することへの抵抗感もほとんどなかったですし、辞めることを情けないとも感じていませんでした(疲弊しきっていてそれどころじゃなかったというのもあるかもしれないけど)。
辞めたって見放さずにいてくれる人はいるしたぶん大丈夫、という漠然とした安心感みたいなものがありました(不安がゼロだったとは言わないにせよ)。
その意味で、最初の退職の時点ではもう、僕のプライドは結構がっつり削れていたし、とはいえ今なお続く「削り取り」の作業も、その延長線上で展開されているものにすぎないという印象があります。

今はとにかく自分が楽しいと思うことをして、たくさんの人と話して、「プライドを手放したうえで、人生をどう生きていくか」を模索しています。
無職という肩書きも、プライドやら何やらから解放されて自由に生きていくことを許されている象徴のように思えて、個人的には相当気に入っています。
だから、当分はこういう生活を続けていくんだと思います。
続けていった先でまた何かに出会うだろうし、そのあとのことはそのときの自分がよしなに決めてくれることでしょう。

まとめ

だいぶ冗長になってしまいましたが、繰り返して述べるべきことはそう多くないように思います。
つまり、「プライドを捨てるには?」という問いへの答えは、そう複雑なものではないかな、ということです。

一つは、自分がいま参照している価値観が絶対的なものだという思い込みを脱すること。

世の中には普遍的なものもたくさんあるかと思いますが、少なくとも「〇〇ねばならない」「〇〇したやつが偉い/劣っている」みたいな価値観というのは、恣意的で相対的なものにすぎません。
そのことをいろんな形で思い知って、ぶち壊していけるといいんじゃないかと思います。
途中いろいろ苦しいこと(孤独になるとか不安になるとか)はあるかもしれませんが、そこは信頼できる人の手を借りたりしてうまく乗り切っていきましょう。

もう一つは、一つ目の話とも関わりますが、信頼できる人の愛を受け止める努力をすること。

というのも、やっぱりプライドって、いわゆる自尊心とか自己肯定感が損なわれていることの裏返しとして生じてくるものだと思うんですね。
ありのままの自分を受け入れ愛することが(いろんな事情で)阻まれているからこそ、愛するための理由を外から引っ張ってきてしまうわけです。
そのことが、人と人の間に優劣をつけたり、人を見下したり、卑下したりといった行いにつながっていくんじゃないでしょうか。

そういう状態を脱して、ありのままの自分を愛せるようになっていけると、プライドはおのずと溶解して消えていくと僕は思っています。
とはいえ自分で自分を十全に愛するのは、最初はどうしたって難しい。
だからこそ、信頼できる他人の手を借りて、少しずつ前に進むのが大切だと僕は思います。
誰を信頼すべきか、見極めるのも最初は一苦労かもしれませんが、ひたむきに進めば必ずしかるべき人に巡り会える日はやってくるはずです。


ということで、東大卒の無職が考える「プライドの捨て方」についてでした。
こんなことばっかり考えてる無職と一回話してみたくない?
話してみたくなったら是非ご連絡くださいまし!

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