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あれが前世だったのかはわからないけれど


※この文章は2018年7月に書いたnoteのリライトです


“〇〇能力”
“〇〇術”

そんな類を一切信じない私のところに、ある日、アメリカから帰ってきた友人が言った。

「ぼく、催眠術の資格を取ってきた!」

長い付き合いの中、この人は頭がおかしいなぁと昔から思っていたが、ここまでかと私は頭を抱え、彼を心底哀れな気持ちで見つめた。そんな視線をもろともせず、彼はたたみかけるようにとんでもないことを言い出した。

「催眠術と言っても怪しいのじゃないよ!

ちゃんと資格もあって、アメリカではセラピーとして使われている手法なの。

でもぼくは駆け出しだからポートフォリオをたくさん作らなきゃいけなくて。そこでお願いなんだけど…」

嫌な予感がしたので、私は被せ気味に先に口に出した。

「わたし興味ないからね、そういうの。」

「えー!なんでわかったの!でもこんなこといきなり頼める人は少ないんだよ、お願い、僕の前世療法を受けてみて。催眠かけさせて!」

なんで私が!と憤慨するわたしに、彼はお願い!と頭を下げ続け、結局しぶしぶ頷くしかなくなった。



無理に座らされているせいか、なかなか催眠にかかれなかった。わたしに必死に催眠をかけようとする彼や、その声を聞いてめちゃくちゃ笑ってしまって全然進まない。休憩を繰り返し、もうダメかと思った瞬間に、一瞬眠くなるような感覚に包まれた後、バンッと目の前に真っ黄色の世界が現れた。


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目を凝らすとそこは青空、そして一面のひまわり畑。

嘘でしょ?と思う。怖くなって必死に起きようとするが、強い風が吹いてきて白い帽子が頭から飛んでいった。

どこを見ても、ひまわり、ひまわり。全て同じ方向を見ている。その先には日本の物ではない、つよすぎる太陽があった。

ノースリーブから見える腕、スカートから覗く足は、真っ白だった。

肩のとこに少し見える長い髪は、赤茶色だった。

私は白人の女の子だ。それだけはすぐにわかった。

夢を見ているようなのに、感覚がある不思議な状態。しばらくぼーっとしていると、彼の声が上から降ってきた。

「いま、どこにいますか?」

どこにいる?そんなのわからない。ひまわりと青空しかない場所。強く風の吹く場所。

と、言おうとした瞬間、

考えもつかないぐらい、不思議なことが起こった。


“いま、スペインにいます。ひまわり畑でお日様に当たっているの。広くて大好きなところです”


と、寝ている私が勝手に口を動かして話し始めたのだ!

ひまわり畑の中の私と、目を閉じて彼の前で寝ている私は完璧に分裂している。

本来なら、彼の前で寝ている私の方が本物で、今ひまわり畑に居るほうが、(彼の言葉を借りれば)前世なはずなのに、

勝手に話すのは、寝ている私の方だった。

とまどう私を置いて、彼と”私”の会話は続いていく。


「そう。あなたは何歳?性別は?」


”17歳。女よ”


「ひまわり畑にはよく来るの?」


”よく来るよ。ここでは元気になれるの。”


「そうなんだ。もっとあなたの日常のことを教えて」

彼がそういって、ぱんっと手を叩くと、また再び一瞬で世界が変わった。


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目の前に現れたのはレンガ造りの海辺の街。そこにある、色とりどりの野菜をめいっぱいつんだお店。

そこは市場だった。なだらかな坂にならって並ぶ商店。そのやや急な坂を、私は大きなパンが入った紙袋を脇に抱えながらゆっくり降りていた。

どうやら私には、数々の友人が居るようだった。私を見た人は、みんな笑顔になる。帽子をとって、投げキッスをしてくる太ってきれいな丸い顔のおじさん、バスケットに入れた果物を持たせてくれるご婦人。つるんときれいな丸い石を、今拾ってきたんだというように笑顔で自慢してくる子供たち。

細かい音声は聞こえなかったが、私に対して何か意地悪いことを言ってくる人は一人も居ないようだった。

みんなの表情が、美しすぎる海の夕陽に同化して、光となって溶け込んだ。


「今はどこにいるの?」


彼がまた聞いてくる。寝ている私は勝手に答える。


”家の近くの市場よ。ここの人はいつも良くしてくれるの。私、家族はもう全員いないけど、ここのみんながいるから寂しくはないわ”


「そう。なんであなたの家族は全員居ないの?」


”みんな戦争で死んじゃったの。惨すぎる死に方だった。私もあとを追いたかったけど、家族みんなを覚えてる人間が一人でも、この世に居なくちゃって思って。”


すらすらと話す私が、私は自分でとても怖かった。でも、その恐怖の裏側に少しずつ、前世(?)の私の感情が流れ込んでくるようだった。

優しい家族が死んでとても悲しかったこと。悲しさと喪失感に暮れていた毎日を、市場の人たちが救ってくれて、少しずつ外に出れるようになったこと。ある日ひまわり畑に出てみたら、心の靄が澄んだ空気に変わったこと。そこから、広い場所が大好きになったこと。

現世(?)の私も、広い場所が大好きだ。同じだなぁ、とぼんやり思った。


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そこから色々な場所に飛んだ。

職場。私は帽子職人だった。色とりどりの帽子には、全て私の願いがかけられているのが見て取れた。

自宅。電球もほとんどない、薄暗くてほの暗い、でも暖かな色で内装をしてあるせいか、わびしくはなかった。

恋をした場所。生涯で二人だけ、私のことを本気で愛してくれたらしい。一人は別れ、一人は先に亡くなった。どちらの人も素晴らしい熱量で私を愛してくれていた。居なくなっても消えることはなかったその熱を、私は抱きかかえて生きたようだ。誰かと結婚をすることは、なかった。

彼に様々な質問を投げかけられながら、飛んで飛んで、いよいよ人生の終わりを見る段階になった。


「じゃあ、最後、亡くなる時のあなたを、天井から見てみましょうか」


彼がそういってまた手を叩くと、私は暗い中で天井に浮き、ベッドに横向きに寝ている白人のおばあちゃんを見ていた。初めて見た、前世(?)の自分の顔。

冷たそうな布団に置かれた手はしわが深く、本当に今にも透明になりそうなほど、白い。薄く開かれた唇には、心なしか青さが宿っている気もする。本当に死ぬんだ。そう思った。


「その一生で、やりのことしたことはある?」


”ないわ。やり残したことは、ない。”


「じゃあ、逆に、その一生で持っていたもので、今世(今の私)にいらないと思うものは?手放したいものは?」


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彼のその言葉に、前世(?)の私の言葉は止まった。長い長い沈黙だった。その一生を生き抜いた精神、心の奥底から思いがゆっくりゆっくりくみ上がるのを待っているようだった。言葉よりも先に、涙が出てきた。

そこで気付く。気持ちが深すぎると、人は言葉よりも先に涙が出てくることがあるのだなと。


”孤独に耐える力は、もういらない”


涙のあとに、静かに出てきた言葉はそれだった。


それを聞き、今度は現世の私が一気に泣いた。家族を全員亡くして、その人たちを忘れないために一人で生きてきたのに、その最後が、もう孤独に耐えたくないだなんて。

人の救いや、希望は、他のところや他人にはない。全部自分の中にあるし、自分で見つけ出さなきゃいけないものだと、私は強く思うけれど、前の私はそれを見つけ出すことができなかったのだ。一生をかかっても。だから抱えてきたものは、もう次には要らないと言った。その痛さに心が絞められた。


「そう・・・・。じゃあ、その代わりに、次にほしいものは?」


彼の優しい声に導かれるように、次の言葉はすっと出てきた。


”人を愛する力が欲しい。人を愛して、苦しさを一緒に抱える、強さがほしい”


そこで走馬灯のように色々な感情が沸き上がった。死んだ家族を覚えていること、その孤独に耐えることに一生を使った私は、家族以外に上手く愛情を持てなかった。心からの友人が居ても、愛する人が居ても、それは家族のそれには相当及ばなかった。それが私を更に孤独にしたし、人生に対する諦めに向かわせた。でも私は、本当は、諦めたくなかった。本当は誰かを愛してみたかった。家族の死に耐えること以外の、愛を知りたかった。

そんな感情全てが沸き上がってきて、私は後から後から出てくる涙を抑えれなかった。


「そうか。あなたはこ今世では孤独に耐える力を手放して、人を愛する力が欲しいのか。わかった。じゃあ、もうそろそろ、起きようか」


彼の呼びかけが聞こえる。

肩を3回たたいたら、あなたは起きるよ。


1、2、3 ーーーーーーーー。


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一気に光が入ってきて、私はガバッと起き上がった。あわててほっぺたを触るとかなり濡れている。しばらくの間、茫然としていた。心臓の音が、後頭部にまで響いている。

「ちぃが前いたところは、スペインだったんだね」

彼がニコニコと話しかけてくる。

「今のは何…。あれは……」

呼吸が荒すぎて、私は言葉を出せなかった。

「うん。そういうことだってさ」

周りの物を手に取り、片付けながら彼は歌うように言った。



あの世界が、私の見たものが、本当に前世のものだったのだろうか?

そのことは一生かかってもわからない。あんなにはっきりと見たけれど、未だに私は信じられない。

人の脳の中で無意識の領域は8割以上だという。私が見たものもどこかで見た映像が無意識の中に眠っていて、その世界を引っ張り出してきて再生していただけなのかもしれない。

それでも一つ言えるのは、私は昔から孤独感が強くて、それを少しでも克服していきたいと考えていること、

それから、愛が深い人、大きい愛を持つ人だねと言われたことが何度もあるので、それもまた人生の中に出てくる大きなテーマだとも思っていること。

私は、過去は終わってしまったこと過ぎ去った事として振り返ることも後悔もあまりしないけれど、

あれが本当に自分が生まれる前の過去なんだったとしたら、

頑張ったね、良く生きたねと抱きしめてあげたい過去だなぁとも思った。






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