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9.父にさようならを

自死ということもあり、また世間的には
コロナ禍であることもあって、祖父母と叔父、母も皆
親戚や知人を呼んでの葬儀は望まなかったため
家族葬という形を取ることにした。

お葬式の当日、お経が読み上げられたあと、
肉体だけになった父の最後の見納めとなって、
家族みんなで嗚咽が出るほど泣いて、
それから棺の蓋をして、
霊柩車に遺影をもって乗って、
母は後ろの棺の隣に位牌を持って座って。

両親にはいろいろあったし、
母も複雑な心境の中で隣には乗りたくない
と言っていて、じゃあ私が乗るよって話になったのに、
「喪主さん座れますよ」なんて言われて
結局最後まで父の隣に座ることになってて、、
ちょっと面白くなって笑ってしまった。

火葬場で棺の後ろに、位牌を持った母、
遺影を持った私、花を持った弟の3人が続いて、
お坊さんに再度お経を上げてもらったあと
火葬炉の中に入っていく棺を見届けた。

炉の自動扉が勢いよく「バタン」と閉まるのが
無情でとても悲しかった。


火葬場のある建物の中の待合室で
およそ1時間半、父の話などしながら
家族8人で父の身体が燃え尽きるのを待った。

アナウンスがあって、
また同じ3人で火葬炉の前まで行き、
他の5人はロビーのソファへ腰かけ、
再び呼び出されるまで待っていた。


炉の扉が、今度は開くのを見た。
炉の中には燃え尽きて跡形もなくなった棺と、
その中にさっきまでいたはずの肉体の代わりに、
ぼろぼろと崩れた父の遺骨だけが
残っているのを見て、
また強い悲しみの情動の波に飲まれた。


扉が開いてほんの少しすると、
炉の中から熱気と、何もかもが
燃やされたあとの遺骨の匂いが漂った。

葬儀の手配のときにどれがいいか、
なんて言って選んだそれなりに値段のする棺も、
跡形もなく消え去っていた。

ぽつん、と台車の上に残る遺骨に、
何とも言えない切ない気持ちがした。


形あるものは、お金も物も肉体も
いずれ消えてなくなるのだ。

地獄の業火で焼いても
消えないものがあるとするならば、
やはりそれは目に見えない思いや魂、
生きてきた記憶とその形跡だけだと言えよう。

遺骨の後ろを、
さっきの3人でまた同じように続き、
他の家族が集まる収骨室まで歩いていると、
風に乗って私の鼻元までただよってきた
父の体が焼けて骨だけになった後の匂いが
何とも物悲しく感じた。

「これが今のお父さんの匂いだ」と思ったら、
また悲しくて悲しくて、涙が溢れた。


収骨室で他の家族の姿が見えたとき、
少し、しゃんとしようと思った。

火葬場の人が、重たい磁石のようなもので
骨の周りに散乱している
釘などの金属と骨とを選り分け、
先ほどまで炉で高温に熱されていた台車から
別の小さな台車へ選り分けられた骨を移した。


まだ54歳だった父の骨は、
肩の骨も大腿骨もずいぶんと立派なもので、
関節の部分なんかは特にしっかりとしていた。

泣きながら、妹と一緒に長い箸で
父の骨を骨壺へ納骨した。

続いて他の家族も次へ次へとおさめていった。


「これは喉仏です」
「これが頭蓋骨ですね」

順々に上へ骨がおさめられ、
閉められた蓋には、これまで何度も
目にしてきた父の名前が入っていた。

ああ、やはり現実味がない。
悲しくてやりきれないはずなのに、
見慣れた父の名前は今もそこにある。
これまでに見てきたそのときと、
まるで変わらずにある。

目の前で起きていることを
頭では理解していても、
いつまで経っても
心が受け止めきれていない感覚。


少しずつ追記しながら書いているが、
3週間以上経った年末の今日も、まだ、
受け止めきれていない感覚がしているのが分かる。

※備忘録に加筆修正しながらの分になるため
 ところどころ、そのときの経過日数などの表記があります。




そうか、父さんは死んじゃったんだよな。~⑨第一章:父が死んだ。これは夢か幻か~

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