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プリズム劇場#019「仕返しをし損ねた人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/666531e6a12b94c686614f5b
【YouTube】
https://youtu.be/_Kqdf4_e9vM
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「じゃあ、ママ、今までお世話になりました」
 亮子は恭しく頭を下げると、大きな荷物を背負って出て行った。亮子がここに転がり込んで来たのは、もう6年も前のことだ。

「え!? 亮子ちゃん辞めちゃったの!?」
  常連の高野さんが声を上げる。
「喜ばしいことよ。こんな仕事長く続けるもんじゃない」
「でも亮子ちゃんは長かったじゃない。てっきりママの跡継ぎかと思ってたのに」
「何言ってんの。あたしまだまだ辞めるつもりないんだから」
  そう。夜の仕事なんて長く続けるもんじゃない。一時的にいることになったとしても、お金が貯まったり、何かの目標が達成できたなら、出て行った方がいい。
「ママはさぁ、優しいよね。このお店女の子結構入れ替わるからさ、ママがいじめてるんじゃないかって言う人もいるけどさ、そうじゃないでしょ?」
「野暮なこと言わないでよ。あたしは好き嫌いが激しいの。合わない子が勝手に辞めてくだけよ」
「またまた~」
「あれ、高野さん、いらしてたんですか?」
  バックヤードから出てきたハルカが私の横に立つ。
「やあハルカちゃん。今日は遅かったんだね」
「そうなんです~。でも高野さんに会えて嬉しい~」
「もう、ハルカちゃんは上手だな~。一曲デュエットするかい?」
「いいんですか~? 私とデュエット高いですよ~」
 高野さんはデレデレしながらハルカとカラオケで何を歌うか相談し始めた。私は店の様子を見渡す。どのテーブルも大きな問題はなく、お客様はみんな楽しそうだ。

 次の日の午後、仕込みをしようと店に行くと、見覚えのない郵便が届いていた。『入善町役場』と書いてあった。
「もしもし。私、西谷幸江と申します。父、周一の件でお手紙をいただいたのですが」
「西谷さん! よかった! 連絡がなかったらどうしようと思っていました」
 役場の男の声は40歳前後いう感じで、悪意のない素直な印象だった。宮脇と名乗ったこの男は、しみじみとしっかりと言った。
「この度は、ご愁傷様でした」
 
 父は酒を飲んでは暴れる人だった。母は父に殴られながら、昼間は市場で肉体労働をした。私はそんな両親が嫌で、15で家を飛び出し、東京に出た。それから37年間、男に酒を注いで金を稼いで来た。

 37年ぶりの故郷は私の記憶と同じ曇天だった。曇りが多く、青空を見た記憶がほとんどない。
 私が着いた時にはもう、父は骨になっていて、先祖代々が入っている墓に入れることになった。
 母はとっくの昔に亡くなっていて、父は一人で暮らしていたらしい。しかし働く事もままならず、生活保護を受けながら、この度無事に亡くなったらしい。
 家族や社会にこれだけの迷惑をかけながら亡くなったのに、病院で、医者や役場の人に見守られながら、苦しまずに逝ったらしい。
 折角なら、孤独の中もがき苦しみながら逝って欲しかったのに。

 墓の前に呆然と立っていると、住職が声を掛けて来た。
「娘さんに見送られて、お父様も喜んでいらっしゃるでしょう」
「迷惑しか掛けられなかったのに、どうして私はわざわざこんなことしてあげたんでしょう」
「それは、あなた自信の品格を守ったと言うことでしょう」
「品格? 私が? 水商売の女ですよ?」
「嫌な事をされたからと言って、自分を嫌な人間に落とさない事は、簡単なようでいて難しい事です」
「そうですか?」
「あなたはご自分の魂の品格を守ったのです。ご自分を責めないでください」
 住職は一礼すると、足音を立てずに去って行った。なぜだか、涙が浮かんできた。これから東京に戻り、私は復讐するように、これからも男達に酒を注いで生きていく。

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