プリズム劇場#015「足を引っ張られる人」
こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/661a25d99c9324eecf5c2156
【YouTube】
https://youtu.be/E-7xu1tCv38
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo
本間真弓(31)「はあああ」
真弓M「親からのメッセージを見て、私はつい大きな溜息を吐いてしまった」
水希「どったの?」
真弓M「同僚の平野水希はパスタが巻かれたフォークを持ったまま聞いてきた」
真弓「親がまた仕送りしてくれって」
水希「また? なんで?」
真弓「兄貴がニートだからさ」
水希「お兄ちゃん? 大丈夫なの?」
真弓「だいじょばないよ」
真弓M「水希が彼氏と別れて引っ越して以来、こうして仕事帰りに一緒に食事をする事が増えた。水希は彼氏と別れた後、少しやつれていたが、最近漸くしっかり食べられるようになったらしく、少しふっくらとした」
真弓「なんか、シンガーソングライターになるって行って、ずっと家に引きこもってる」
水希「はあ? 今いくつよ」
真弓「38」
水希「え? 就職経験は?」
真弓「派遣のバイトをちょっと」
水希「やっば」
真弓「やばいよねぇ」
水希「え、どうすんの? 将来真弓が養うの?」
真弓「まさか」
水希「お兄ちゃんはさ、このまま何の努力もせず、実家に住み続けるの?」
真弓「まあ、そうなるんだろうねぇ」
水希「え、不公平じゃん。真弓はちゃんと働いて家賃払ってるのに、お兄ちゃんは家賃払わずに生きてくの?」
真弓「いつか生きていけなくなって、実家を売る事になるのかもね」
水希「真弓の実家なのに? お兄ちゃんのせいで売るの?」
真弓「しょうがないじゃん。それしかないんだから」
水希「真弓はやるべき事をやってるのに、やるべき事をやっていない人のために何故持っているものを手放さなくちゃいけないの?」
真弓「政治家に言ってよ!」
真弓M「家に帰ってからスマホで銀行のアプリを開く。残高546,849円。保育士になって11年。その時間をかけて貯まった金額がたったこれだけだ。贅沢なんかしてない。旅行にだって行ってない。しかし、2、3ヶ月に一度仕送りの依頼が来て、その度に送金した結果がこれだ。水希には兄を養ったりしないと言ったけど、現実問題、本来私の貯金になるはずだったお金は兄の生活費へと消えたのだろう」
岩下勇作(31)「母さんが、結婚止めた方がいいんじゃないかって」
真弓「え?」
真弓M「その時私は銀座のカフェにいた。お店にはカップルや女性グループで溢れている。映えを狙ったレモネードが有名なお店だ」
真弓「それは、延期って事? 誰か具合悪いとか?」
勇作「いや、そうじゃなくて」
真弓「どういうこと?」
勇作「真弓とは、別れた方がいいって言われた」
真弓「は? なんで? 私ちゃんとキレイめな格好して行ったし、お母さんのお手伝いもしたし、あ、手土産が合わなかった?」
勇作「違う。真弓の事はすごく褒めてた。気立てのいいお嬢さんだって」
真弓「じゃあ、なんで?」
勇作「お兄さんがさ、引きこもりでしょ?」
真弓「引きこもりってわけじゃないよ。出かけることはあるし。友達もいるし」
勇作「うん。でも、働いてないじゃない」
真弓「まあね」
勇作「それがさ、母さん的には、後々やっかいな事になるんじゃないかって」
真弓「やっかい?」
勇作「ほら、引きこもりの人がさ、人殺しちゃった事件とかあったじゃん」
真弓「あったね」
勇作「そういう、危ない事をするんじゃないかって」
真弓「お兄ちゃんが?」
勇作「俺はね、勿論そんな人じゃないって言ったけど、でも正直まだ数回しか会ったことないしさ」
真弓「うちのお兄ちゃんが将来人を殺すかもしれないから結婚できないって言ってるの?」
勇作「そこまでは言ってないよ。でも現実問題さ、お兄さんはどうするつもりなの? 真弓のご両親が亡くなったらどうやって生きていくつもりなのさ」
真弓M「私は俯くしかなかった。両親が亡くなり、遺産も食い潰したら、兄はどうするつもりなのだろう。当然私が生活費を出すと思っているのか、それとも福祉の世話になるつもりなのか、いずれにせよ、他人に乗っかって生きていくつもりなのだろうか」
勇作「とりあえずさ、一旦距離を置いてみない? 離れてみてわかることもあるしさ」
真弓M「私は知っている。距離を置くというのは、失恋の執行猶予の事だ」
真弓M「連絡せずに実家に帰ったのは初めてだったかもしれない。母は」
本間洋子(65)「言ってくれれば真弓の好きな物用意しておいたのに!」
真弓M「とニコニコしながら言った。父は」
本間剛(68)「もうお前の家じゃないんだから、連絡よこすぐらい常識だろう!」
真弓M「とビールで真っ赤になった顔で言った。兄は、リビングでソファに寝そべりながらテレビを見ていた」
真弓「ただいま」
本間耕太(38)「おう、お帰り~」
真弓M「兄はちらりともこちらを見ずに言った」
真弓「あのね、勇作と別れる事になった」
洋子「え!?」
SE 缶ビールが床にぶつかる音
真弓M「母は手に持っていた缶ビールを床に落とした」
SE ビールの炭酸が抜けていく音
真弓M「缶からしみ出したビールが床に広がって行くが、誰も気に掛けなかった」
剛「どうして。喧嘩でもしたのか?」
真弓M「珍しく父が動揺している」
真弓「お兄ちゃんが引きこもりだからだって」
耕太「はあ!?」
真弓M「兄は漸く私の方を見た」
耕太「俺は引きこもりじゃねぇし! シンガーソングライターだし!」
真弓「いつか人を殺すかもしれないから、そんな家族がいる奴とは結婚できないって」
耕太「俺が!? なんのために!?」
真弓「あんたは世間的にはそう思われてる存在だってことよ!」
耕太「ふざけんなよ! ただちょっと人と違う事してるだけで、なんで殺人犯扱いされなきゃいけねぇんだよ! 誰にも迷惑かけてねぇだろうがよ!」
真弓「200万円!」
耕太「はあ!?」
真弓「お兄ちゃんが働かないから生活費が足りないって言われて、私が出した仕送りよ! この10年で200万を超えたの!」
耕太「は? 仕送り?」
真弓M「兄が母の方を見ると、母はばつが悪そうに目を反らした」
真弓「返してよ! あたしの200万!」
耕太「ああわかったよ! 曲が当たったら利子つけて返してやるよ!」
真弓「は? 当たる? 本気で言ってんの?」
耕太「本気だよ。俺はずっと本気だよ」
真弓「この、ろくでなしがぁ!!」
真弓M「私は手に持っていたスマホを兄に投げつけた」
SE スマホが額に当たる音
耕太「いってぇ」
真弓M「スマホは兄の額に当たり、血がぽたりと垂れてきた」
剛「真弓、止めなさい!」
洋子「耕太、大丈夫?」
真弓M「その後の事はよく覚えていない。私はわんわん泣きじゃくり、兄は激昂し何かを叫び、父は兄を止めようと取っ組み合いになり、母はただオロオロしていた。気がつくと私はパトカーで自分のアパートまで送ってもらう事になっていた。パトカーの後部座席では、隣に女性の警察官が乗っていた」
加藤なの葉(28)「家族って大変ですよね」
真弓M「彼女はただ一言だけそう呟いた。その声が妙に耳に残ったまま、私はその日眠りに落ちた」
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