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プリズム劇場#011「雨音が響く家にいる人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/65d1e70a1c644770fb33a5a7
【YouTube】
https://youtu.be/ycQyi-QNFiw
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


 こたつに入ってテレビを見ていたら、玄関の扉がガラガラと開く音がした。
「武井さん! 雨よ、雨!」
 隣の藤井さんの声が聞こえて、窓の外を見るとザーッと雨がしきりに降っていた。
 「大変!」
  私は慌てて縁側の窓を開け、庭に出る。藤井さんも玄関から庭に回ってくれて、洗濯物と布団を一緒に取り込んでくれた。ビショビショになった洗濯物と布団はひとまず置いておき、タオルを藤井さんに渡す。
「ごめんなさいね。こんなに濡れちゃって」
「いいのよ。私も知らせるのが遅くなっちゃったし。でも珍しいわね、武井さんが雨に気づかないなんて」
  藤井さんはタオルで体を軽く拭きながらそう言う。
「そうね、そうかしら」
 私は曖昧に答えながら、濡れた洗濯物を洗濯籠に放り込む。
「そうよ。いつもは武井さんの方がちゃんと気づくのに」
 私は濡れてしまった布団を前に考え込んでしまう。このままだと臭ってくるだろうし、カビも出てきてしまうかもしれない。さて、どうしたものか。
「布団乾燥機持ってこようか?」
 藤井さんは私の心を読んだようにそう言った。藤井さんは隣から白い何やらホースのついた四角い機械を持ってきて、濡れてしまった布団と掛け布団の間にホースを入れスイッチを入れた。すると、何やらゴウゴウと音がし始め、掛け布団が少し浮いた。
「ホースから暖かい空気が出てね、これで布団が乾くのよ」
 この世にはこんな便利な物があったのか。
「孫が買ってくれたのよ。これのおかげで布団を干さなくても大丈夫になったし、寝る前に暖めておくこともできるし、とっても楽よ。あなたも買ってもらったら?」
 藤井さんは楽しそうに言う。
「でも、こんな楽をするための機械なんて……」
 私が渋っていると
「何言ってるの!? 家事なんて楽してナンボでしょ!」
  私はその言葉に驚いてしまった。家事は手間暇を掛けてこそだと姑や夫に言われて来たし、私もそう思っていた。
「あなたまさか、お嫁さんにもそんな事言ってたんじゃないでしょうね?」
 私は驚いて藤井さんに反論した。
「当たり前じゃない! 家事こそが家族への貢献であり、夫への忠誠なのだから、絶対に手は抜くな、楽はするなってずっと言い続けて来たわ!」
 藤井さんは口をあんぐりと開けて私を凝視した。
「まさか、こんな所にそんな旧時代の姑がいたなんて……」
  私より若いとはいえそんなに大きく歳の変わらない藤井さんにそんな言い方をされるいわれはない。
「何よ、その言い方!」
「だから武井さんのところにはなかなかお嫁さんもお孫さんもなかなか来ないのね。可哀想に」
 私は段々自分が哀れになってくる。
「そうよ。息子が亡くなってしまって大変だって時に、嫁も孫も私の事気に掛けないんだから」
 私はギュッとズボンを握る。
「いえ、可哀想なのはお嫁さんたち」
 私は驚いて声を上げる。
「どうしてよ!」
「だってこんな堅物で寄り添ってくれない姑なんて私でもごめんだわ」
 そう言えば、藤井さんの所は亡くなった姑さんとこの奥さんは本物の親子のように仲が良かった。実際今でも息子さん家族と同居しているが、お嫁さんと一緒に買い物に行っているところもよく見かける。それに比べてうちは、この広い広い家に、ずっと私一人だ。
「まあ、あなたにとっての姑さんもキツい人だったし、貧乏くじ引いたところはあるわよね。でも今からでもお嫁さん達に優しくしとかないと、孤独死しちゃうわよ」
「孤独死? 私が?」
「だって、息子さんがいない今、お嫁さんがあなたのお世話をする義理なんてないしね」
 私は血の気が引いていく気がした。
「ま、今日は布団乾燥機貸してあげるから。そろそろ孫が帰って来るからまたね」
 そう言って藤井さんは帰って行った。
 私はこたつに入ってぼんやりする。家の中には、布団乾燥機のゴウゴウという音と、雨が地面の落ちるザーッと言う音だけが響いていた。


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