真夜中の来訪者
まだスマホも携帯もなかった古き良き時代の話だ。当時10代のボクは都内の安アパートで暮らしていた。フロなしトイレ共同で一応キッチンらしきスペースに水道とガスコンロのついた割安物件だった。
ボクは受験に失敗し半ば浪人、半ばバイトという中途半端で鬱とした日々を過ごしていた。それでもコンサートホールの設営と警備の仕事は給料は安くとも趣味と実益を兼ねて楽しかった。武道館よりも日比谷の野音や渋谷公会堂のような、狭い会場にこもる熱い熱気を感じるのが好きだった。
親からの仕送りとバイト代で生きるには困らなかった。ただ若く愚かなボクは時々ギャンブルにはまった。生活資金を溶かす不安や恐怖と儲けとのせめぎ合いで味わう高揚感がたまらなかった。脳内に何かしら分泌される不思議な感覚。就職して以降はそのアホらしさに気付いて一切興味を失ったが、何の地位も資格も持たないボクには都合の良い人生のくじ引きだった。
そんな怠惰な日々に暮れていたある日のこと、秋の気配を感じそうな月のきれいな夜に、窓を開けて寝ていたら窓に人影を感じた。2階の窓なのに誰だ?そう思って視線を向けると、三毛猫が窓下の小屋根を伝って窓の隙間から部屋に入ってきた。誰かの飼い猫なのか、ボクと目が合うと妙に人懐っこく喉を鳴らしてすり寄ってくる。部屋にあった非常食をあげてみたら意外に喜んで食べてくれた。ネコ様は毛繕いをして、部屋中をひとしきり見回った後で布団の上に座り込んだ。ボクが寝ようとすると、その脇で一緒に眠りについた。
それからネコ様は週に何度か夜に遊びに来るようになった。いつ来るのかは予想もつかない。来たら愛想良く振るまってボクが用意したエサを食べ、一緒に寝て、明け方にどこかに帰って行く。その振る舞いは自由奔放な彼女のようだった。一人で過ごす時間が多かったボクは、彼女のために上等な食事を用意するようになった。
給料日前でお金がなかったボクは、いつもの焼きそばを作って食べた。3食入りの特売98円の焼きそばを炒めただけの簡単な食事だが、貧乏暮らしには心強い。食べ終えた頃に彼女が遊びに来た。ボクは用意した食事をお皿に並べると、彼女は魚料理に嬉しそうだ。味付けはとても薄味で、多分塩分控えめが好きなのだろう。
ボクは素焼きそば33円、キミは金のネコ缶148円。
彼女が美味しそうに食べる姿を眺めてボクは思った。
女子ってお金がかかるね。
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