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理想の恋人(ヒト)⑤


近未来に放たれる新たなツール。イノベーションは生活を変え、格差を広め、分断を生みますが、それはまるで夢見心地のまま孤独へとヒトをいざなう新世界の麻薬のようにも感じます。今回はそんな新世界に溺れていくヒトの姿を描きました。危険な香りが満載ですが、夢幻でも冗談でも済まない、きっと訪れるであろう現実だと思います。

女子は、いつの時代も逞しく…頼もしい限りです。
ココから視点変えて怒濤の展開に持ってきますんで、ハイ。

理想の恋人ヒト、贈ります つづき…


浜田山(注:世田谷区のまずまず閑静な住宅街エリアです)に本社なんて、聞いたことあるだろうか?ココの会社は名前だけなら一応知られてはいる。10年前に偶然流行った飲料のおかげらしい。私も高校生の時に何度か友達と原宿で飲んだことがあった。原材料の輸入を一手に請け負っていたから、テレビで何度か紹介されて、それで当時の社長のキャラの良さとともに一躍有名になった。今ではすっかり忘れられたように、ただの中小食品メーカーとして地味な仕事をこなしている。入社して3年目の私の職場は総務部、言わば地味な仕事をこなすオジサン達の面倒係だ。コレは入社初日に、おツボネサマとして君臨するタカミ姉さんに最初に教わった言葉だ。
「ココはしがないメーカーだけど、この厳しい不況の荒波にもまれながらも何とか生き抜いてる。何てったって資金調達が健全だからね。それに長年勤めたら意外と給料は良いのよ。」
「オジ様達なんてテキトーにコロコロ転がしときゃいいのよ、アナタの時間をムダにしちゃダメ。若いヤツなら、なんか使い道はあるかも、ね。」
姉さんはそう言って新入職のワタシ達に目配せした。言わんとするトコロは、ココで良いヒト見つけちゃう、それもアリってことだ。

ワタシ達の業務、それは昼のお仕事は当然として、17時以降は目をつけた若いオトコたちを狩る。これもまた大切なお仕事なのかも、とワタシ達はそう思った。でも寿退社のその後に、遭難したかのように失敗した先輩達のことをワタシ達は何度か聞かされていた。今や結婚したらおしまい、そんな簡単な時代でも社会構造でもない。オトコの力を利用しつつも、うまく立ち回って40後半まではココで生き残って稼がないと。それがワタシ達の本音なのかもしれない。

女子社会だから、もちろん縦横の関係構築にも注意はしている。情報交換にも余念はない。聞けばタカミ姉さんの旦那サマは出向してはいるものの、大手町の小規模商社の部長職に就いていて、二人の年収を合わせれば結構な額になるらしい。その気になればタワマンだって住めちゃうけどね、今はそんな時代じゃないよね。そう言ってこのご夫婦はこの職場からそう遠くない低層マンションにお住まいだ。

ご夫婦のお住まいは、リビングが広くて窓からは公園の緑が一望できる。初めて部屋に入った者は皆まずこの景色に驚く。そんな顔を見て悦に入るのが姉さんの趣味らしい。ココでは年に一度、女子会と称した催しが盛大に開かれる。そこで話に上がる恋愛ハナシの数々は、とてもオトコの耳には聞かせられない内容だった。女子の皮を被ったハンターたちの生々しい狩猟記録、そう思って頂ければ大きくは外れないだろう。今の時代を生き残るための、私たちのしたたかな生存戦略だった。

「ねえ、営業の外見クン。彼、いまだに何の浮いたハナシも聞かないよね。」
酔いが回って話が一段落したところで、敏腕ハンターの美佐子が口を開いた。
「あのコ、なんか不思議よね。全然女子に興味ないって訳でもなさそうだけど、全然お誘いにも乗ってこないし。」
情報通の佳代子が待ってましたと乗ってくる。
「外見クンね、私も興味があったから、色々コナかけてみたんだ。キレイ系とかカワイイ系とか、清楚系とか、どの女子が好みか観察してたんだけど、どうも反応薄めなのよね。」

「もしかして、ロリ系とか?二次元系とか?」
ギャル風メイクが大好きな萌様がきゃあきゃあ言いながら口を挟んだ。イケメン大好きな萌様には彼はどうも獲物としては見えないようだ。
「うーん。彼は、ムズカシイね。何て言うか、夢見がちっていうか。」
皆の発言を待って、分析にも定評のあるタカミ姉さんが話し始めた。
「同期の男子にも聞いてみたんだけどね。彼、付き合い悪いし、自分のハナシは全然しようとしないんだって。」
「全然悪い人じゃないし。人当たりも良いんだけど。何か他のオトコとは違うのよね、女子を見る目が。何て言うか、高い理想を持っているみたいな…」

「空想男子?そんなのいるんですかぁ?」
萌様は酔ってすっかりいい気分のようだ。萌様は狙った獲物にはネコ科の目を容赦なく光らせるが、普段は気の抜けた話し方をする。それにだまされて哀れ陥落したオトコは数多い。
「うーん、でもちょっと気になるんだよね。最近思いつめたみたいな顔してるし。何かに夢中っていうか、そんな感じよね。」

私がひそかに狙っていた外見クンが話に上がるのは意外だった。目立つ風でもなく、浮いた話のひとつもないようなヒトだったから、ハンターたちの目には留まりにくいのだろう。こういう情報収集はありがたいが、逆にこれでは攻めどころも分からない。彼は何に夢中なのだろう、想いのヒトでもいるのだろうか?つかみドコロのない彼の存在が、ずっと私のココロに引っかかっていた。



(イラスト ふうちゃんさん)


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