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襟足と自信を伸ばして

最近、高校生の頃から10年間続けた刈り上げマッシュをやめた。数ヶ月間ずっと襟足を伸ばしている。今は首が隠れるくらいまで伸びてきて、やっと襟足としての存在感が出てきたところだ。

襟足を伸ばすきっかけは失恋したことだった。去年の秋から付き合っていた女の子に僕は振られた。女子は失恋で髪を切るというけれど、僕は逆になんとなく伸ばしてみようと思った。前からウルフっぽい髪型に興味はあったけど、やる勇気がずっと出なかった。振られたことをきっかけに心機一転、新しい髪型に挑戦してみようと思ったのだ。

新宿の美容室で「襟足を伸ばしたいんです。」と初めて言った時は緊張した。僕は10年間ずっと同じ髪型をしてきた。自分に似合う髪型は刈り上げしかないと思って生きてきた。それを変えることは僕にとって人生を変えると言っても過言ではない。でも、似合わなかったら、襟足なんかスパッと切ればいい。刈り上げでタラちゃんにされるよりは修正が効く。美容師さんは「きっと似合いますよ。」と背中を押してくれた。その一言で、僕はその美容室で襟足を伸ばすことに決めた。

伸ばしている最中の襟足はかっこ悪い。中途半端な長さを鏡で見るたびに、刈り上げたい衝動に駆られた。でも、僕は「我慢、我慢」と心の中で唱えて衝動を抑えた。3か月も経つ頃には、襟足の中途半端な長さも随分とマシになっていた。

伸ばしてみると周りからは意外と好評だった。

家族にも会社でも「似合ってるね。」と褒めてもらえた。僕の10年間の刈り上げ人生は何だったのかというほどである。でも、自分でも結構気に入っている。ふと鏡を見た時に「カッコいいじゃん。」とつい襟足を撫でてしまう。お風呂に入って髪が濡れている時は、HUNTER×HUNTERのヒソカが髪を降ろしたみたいでカッコいいと我ながら思っている。唯一面倒なことと言えば、刈り上げをしていた頃に比べて、ドライヤーするのに時間がかかることくらいだ。それもほんの数分の差だから気にはならない。

僕は自分に自信がない。こと恋愛に関しては特にそうだ。2月に付き合っていた女の子に「好きかどうか分からない。」と言われて振られた。それを聞いた時、僕は「そっか。」とどこか諦観した言葉しか出てこなかった。前からずっと不穏な空気は感じていたし、いつかこうなることは前々から分かっていたからだ。数か月付き合ったけど、結局その子から一度も「好き」という言葉は聞けなかった。

別れた当初はこの世界に僕のことを好きになってくれる女子は存在しないんじゃないかと本気で悩んだ。まず自分が自分のことを好きになれない、これで誰かに好きになってくれなんておこがましい話だ。まず自分を好きにならなくちゃ。

暗い気持ちを変えるため、気分転換に伸ばした襟足だった。毎日少しずつ伸びる襟足を見て、僕はそれが楽しくなっていた。鏡を見て「今日も似合ってるね。」と自分を肯定することができた。襟足が伸びるにつれて、僕の自信も少しずつ伸びていく。僕は毎朝、襟足をヘアアイロンで上向きにカールさせる。

自分の気持ちも上向くように。

襟足のおかげか、僕はもうあの子のことを引きずっていない。むしろ、別れた後の方が気持ちが晴れやかになった気がする。僕は新しい髪型に挑戦して良かったと思えた。

この襟足をどこまで伸ばすかはまだ決めていない。流石に僕も会社員であるから、そこまで長くは伸ばせない。伸ばせても肩に付くぐらいが限度かなと思う。今の長さでも上司から「ちくわ君、襟足が長すぎないかね?」と言われないかビクビクしている。もし、言われたら「自信も一緒に伸ばしてるんです。」と胸を張って言うつもりだ。上司はきっと理解出来なくて、怒るかもしれないけどね。



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