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新札持ってるけど?

7月3日に新札が発行されてから、2週間が経った。まだほとんど流通はしてないから、持っていない人の方が多いだろう。けれど、僕は持っている。千円、5千円、1万円も含めて全部持っている。

どうだ?凄いでしょう?

なぜ持ってるかと言うと、姉に交換して貰ったからだ。姉は金融機関で働いており、支店に新札が沢山ある。社員がそれを交換しても大丈夫ならしく、姉に頼めばいくらでもくれる。

正直新札なんて興味はなかった。そのうち、普通に手に入るだろうし、銀行に何時間も並んで手に入れるほどのものではないと思っていた。でも、先に姉から千円を交換してもらった母の新札を見ているとつい欲しくなってしまった。新札はまだ見慣れなくて正直おもちゃみたいだなと思ったけど、噂のホログラム、これが凄い。北里柴三郎の顔がどの角度からでも楽しめる。

それに僕は母から新札に関するある秘密を教えてもらった。製造ロットの冒頭アルファベットが「AA」のものが1番最初に発行されたお札であり、これがすなわち将来的に価値が上がるということ。母がまるで重要な国家機密のようにコソコソと教えてくれた。

それを聞いて、僕は姉に頼んで急いで千円札を交換して貰った。だが、残念ながら僕のお札は「AE」のお札であった。姉が、今度5千円札と1万円のお札も持って帰るよと言って、僕と母はそれが「AA」のお札であることを期待した。

数日後、姉が「手に入ったよ。」と5千円札と1万円札をひらひらさせながら見せてきた。僕と母はすぐに交換して下さいと頭を下げ、旧札と交換して貰った。宝くじの番号のように慎重に製造ロットを確認してみると、1万円は「AD」だったが、5千円はなんと「A A」のお札だった。母の5千円も同じく「AA」であり僕たちは喜んだ。これでどちらかが違っていたら、 AAのお札を巡って醜い争奪戦が繰り広げられるところだった。

僕と母は「これを家宝にしよう!」と5千円札は使わずに大切に保管することに決めた。姉は新札には興味がないらしく、「千円札もまだ余ってるけどいる?」と聞いてきた。僕はせっかくだし会社の先輩にあげようと思って、また1枚姉と交換してもらった。

次の日、新札を机に広げて、仲の良い女の先輩に見せびらかした。
「見て下さい、新札もう全部持ってるんですよ。」

これが噂のホログラムですと自分が開発したわけでもないのに、指を指して説明をする。先輩は凄いと声を上げ、「でもなんかおもちゃのお札みたいだね。」と僕と全く同じ感想を口にして面白かった。僕はこれがなぜ手に入ったのか、スネ夫の自慢のように語り出す。

「うちの姉が銀行員でさ、言えば新札くれるんですよね。」

先輩がいいなと口にすると、僕は口を尖らせ、なるべく余裕のある感じで言ってみる。

「千円札余ってるんで交換してもいいですけど?」

「えっいいの?」と先輩に笑みがこぼれる。僕は「姉に言えばいくらでも貰えますから」と余裕を見せて先輩に渡す。先輩はありがとうと交換した新札を折らないように、大切に封筒に入れていた。ここまで喜んでくれると渡しがいがあるってもんだ。製造ロットが「AA」のものが一番最初のお札って情報もせっかくだし、教えておいた。僕は最新のものを自慢したくなるスネ夫の気持ちがちょっと分かった気がした。

しかし、数日後、この自慢の鼻がポッキリ折られることになる。朝、先輩がニコニコしながら近づいてきて、コンビニのおつりで新札の5千円を受け取ったと報告してきた。天然の新札。僕はまだ街中で新札を見かけたことがない。

僕は負けた!と思った。

僕は姉という違法ルートから入手したのに対し、先輩は自然に手に入れたのだ。その嬉しさは桁違いだろう。僕はたまたま新札を受け取った感動をまだ知らない。僕はまさかと思って、恐る恐る聞いてみる。その5千円の製造ロットはいくつだったのかと。

「残念だけど、ADだったんだよね。」

よし、なら大丈夫とホッとする。一体何の勝負をしてるんだって感じだが、僕は悔し紛れに「僕の5千円はAAです。」といらないことを口にする。なんて可愛げのない後輩だろうか。この「AA」のお札に価値が付くときなんて、まだまだ先の話である。ていうか、何十年後かもしれないから、ひょっとしたら死んでいるだろう。製造ロットに意味はない。それに気付いた瞬間、僕はうっかり口にしていた。

「いいな、僕もおつりで新札受け取りたいです。」

先輩は満足そうに「ね、いいでしょ」と大きく笑った。


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