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マラウイで出会った、忘れられない先生と猫。

無茶ぶりだけど憎めない先生

マラウイのリロングウェ教員養成大学、表現芸術学科の学科長だったブタオ先生は、印象深い上司だった。

「表現芸術科」:体育・音楽・技術家庭科・演劇などの技能教科が全て融合したような科目。

背は低めでちょっと猫背。髭をはやし、大学の教官として大ベテランの風格が漂う。マラウイ人としては珍しく眼鏡をかける。新しい眼鏡のレンズによくついている小さなシールは、なぜか貼ったまま。そんなブタオ先生に構内ですれ違う時には要注意だ。何かしら急な仕事を頼まれるからだ。その急ぶりは、無茶ぶりといって過言ではない。

始まりは、ある日の体育の授業。
私が集会ホールで体育の実技授業をしていると、後方にブタオ先生の姿があった。タナカがどんな授業をしているのか、のぞきに来ていたのだ。

ホール体操

終了後に呼び止められ、
「私が担当するクラス全部(4クラスほど)でも、今日の授業をやってくれ。任せたよ。取り急ぎ〇〇クラスは今日の〇時間目だからね」
と、突然の依頼。そんな風に頼まれること自体は嬉しいことだから、できるだけ受けたいのだけれど、とにかく急すぎる。

「今日ですか??残念ながら、その時間は算数科の授業が入っています。」
「その算数の授業時間ずらせない?」
「いやいや、それはさすがに・・・」
「じゃあ、明日のあいている時間に2クラス合同とかでよろしく!学級委員には伝えておく」

無理とは言えない、絶妙な妥協点を瞬時に見つけ出し、落としていくところが、さすがだ。


これを皮切りに、何度か頼まれ事を引き受けていたら、いつの間にか昼休みや放課後に寮の私の部屋にまで、訪ねてくるようになった。

ある日のこと。私と同じ寮に住む学生に居場所を尋ねたのだろう。勢いよく部屋のドアをノックする音が。
「タナカ、そこにいるのは分かっているんだ。出てきなさい」
私は追い詰められた犯人か。笑
別に隠れていたわけではなく、ただ休憩していただけだ。

「どうかしましたか?」
と、ドアを開けると、ブタオ先生はとびっきりの笑顔で立っていた。
「タナカ、この文章をタイピングしてくれないか?」
仕事の依頼だった。
パソコンを持っている先生は少ないので、個人でノートパソコン持っている私を頼りにしてきたのだ。そのタイピングの内容的に多分、学科長であるブタオ先生の仕事なのだが、私に無理な仕事ではないので、引き受けた。

授業の補欠を頼まれることもあった。「用事があって~~にでかけるから、今日の授業代わりにできる?」なんて、こちらの予定をことごとくくずしにかかってくる。それも悪気はなく、天然の雰囲気で。自分が代わりにやらねば、学生たちはただただ時間が過ぎるのを待つだけになる。そんな急に、納得のいく授業なんてできるはずもないが、授業準備の時間を逆算し、自分にできる限りのことをやるしかない。

その他、急な変更事項など、これでもかというほど次々と用件を持ってきた。マラウイではよくあるのだけれど、その頻度が高すぎた。ブタオ先生に出くわすと、自然に心の準備をするようになったほどだった。

「もういい加減にしてくれ」
心の中で、何度つぶやいたことか。でも、頼み事を持ってくる時には、少年のようなとびっきりの笑顔で話しかけてくるから、拒めないし憎めない。それに、私が学生たちとの関係がうまくいかない時に、全面的に助けてくれたこともあった。優しい先生だ。


いすと背中の間には〇〇が!

そんなブタオ先生のことが、どうしても忘れられない存在になった、ある日のエピソードを紹介したい。

私はJICAボランティアとして算数科と表現芸術学科を兼務していたので、両方の学科教官室にデスクを用意してもらっていた。しかし、主担当は算数科だったこともあり、ブタオ先生たちがいる表現芸術科教官室には用がある時しか行かず、ほとんど算数科教官室で過ごしていた。

たまに表現芸術科の方に顔を出すと、
「タナカ、どこに行っていたんだ。だいぶご無沙汰じゃないか」
「算数科がメインなので、基本はそっちにいるんですよ・・・」
「そうか、でもこっちにも顔を出しなさい」
というやり取りをするのが定番だった。

私が、表現芸術科の方に顔をあまり出さないのには、主担当が算数科だったことの他に、実はもう一つ理由があった。表現芸術科には私の他に5人の教官がいたのだが、その5人がそろうことはほぼ皆無で、大きな職員会議がある時くらいしかそろわない。学科室には普段1人、2人しかいないことが多く、私がいるタイミングで他の職員が出はらうと、留守番を頼まれてしまうのだ。そうすると、身動きが取れず、算数科へ迷惑をかけてしまったり、自分もどうしても出なければならない時に鍵を誰かに託さねばならず、その誰かを探している間に自分の授業に遅刻してしまうことがあったりしたのだ。

また、半分くらいの確率で誰もおらず施錠してあるので、どうせ行っても開いてないだろう、と、表現芸術科室からだんだんと足が遠のいてしまったのだ。場所も、他の教官室から少し離れた、大学構内の一番隅っこにあったから余計に。

ある日のこと。
ふらっと表現芸術科教官室を訪ねると、ドアが開いていた。誰がいるのだろうか、と中をのぞくとブタオ先生が一人で仕事をしていた。
「やあ、タナカ。元気かい?」
「元気ですよ、ブタオ先生は?」
「私も元気だよ、ところで・・・」
マラウイ流の長めのあいさつを終えると、にやにやしながらブタオ先生が聞いてきた。
「タナカ、何か気づかないかい?」
何だか、いつもよりテンションが高めだ。

あたりを見回しても、安定のデスク周りの散らかり具合だ。いや、いつもより少しだけ余計に散らかっているのだろうか。そんなことを思いながら、ブタオ先生にもう一度目線を戻すと、まだにやにやしている。

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「ん?」

何かある。

ブタオ先生といすの間から何かがはみ出て見えている。ふわふわの毛むくじゃらの手のようなものが。

動物のぬいぐるみかな。
それか、そういう形のクッションかな。
どこかで買ったのを自慢したいのかな。

それにしても、マラウイでぬいぐるみや、変わった形のクッションなんて売っているのをほぼ見たことがない。首都中心部にある外資系スーパーで手に入れたのだろうか。

「ぬいぐるみ?クッションですか?いいですね」
当たりさわりのない反応を返したところ、猫の鳴き声が聞こえた気がした。

ブタオ先生が猫の鳴き真似なんて、そんなお茶目だったっけ?今日はテンション高めだから、そんなこともありえなくはない。

「タナカ、私の背中を見てごらん」

ん?何だか話がかみ合わっていない。また猫の鳴き声が聞こえた時、ブタオ先生の口は動いていなかった。まさか。


「背中にいるの、もしかして本物の猫ですか?」

「もちろん」

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そう、その時私は、背中に猫をはさみながら仕事をする人を、生まれて初めて目のあたりにしていたのだ。

「なぜ・・・なぜそこに・・・」

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「いやあ、知り合いから買ったんだけど、まだ懐いていなくてね。ちょろちょろ動き回ってどっか行っちゃうといけないから、ひとまずここにはさんでみたら、落ち着いたよ」

背中といすの間が気持ちよくて「落ち着いた」のか、嫌々はさまれていただけなのか定かではないが、とにかくそういうことらしい。じたばたしている様子はなかったから、猫もブタオ先生の背中がまんざらでもなかったのかもしれない。

「タナカ、この猫飼わないか?安くゆずってあげるよ。」

このシチュエーションで、そんなこと聞かれること、日本じゃ絶対にない。ブタオ先生の眼鏡には、相変わらず小さなシールが貼られたままだ。

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「んー、今のところ大丈夫です」
現地の猫は必要なワクチンを受けていないことが多い。ひっかかれて狂犬病のリスクがあることを、JICAの研修で教わっていたから、むやみに触れられない。

「部屋にネズミがでたら、猫が捕ってくれる。便利だぞ」
マラウイでは、猫は愛玩動物というより、家の食糧がネズミにやられてしまうことを防ぐことを主目的に飼うことが多い。実際にJICAの隊員の中にも、猫にしっかりワクチンを打った上で、ネズミ対策として飼っている隊員もいた。

自分は、幸いにもネズミの食害に困っていなかったから、再度丁重にお断りした。


ちょうどその時、いいところに同僚のニャスル先生がやってきた。ニャスル先生もきっとびっくりするのではないかと思って、話しかけた。
「ニャスル先生、こんにちは。元気ですか。」
「元気だよ、タナカは?」
「私も元気です。ところで、ブタオ先生の背中のところ見てみてください」
「ん?どうかしたの?あー、猫ね。」

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以上。

いすと学科長の背中にはさまる猫を見てそのリアクションは、ちと薄すぎやしないか。マラウイではよく見る光景なのだろうか。


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