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アフリカのマッシュルームと日本のハツタケ

アフリカの道端でこんな色のキノコが売られていたら、あなたなら買って食べるだろうか。

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私がアフリカのマラウイで実際に食べたキノコの1つだ。

アフリカのマラウイで出会ったキノコたち

2017年12月上旬のある日、マラウイの首都リロングウェの道端でキノコ売りに出会った。おばけみたいな大きさのキノコだ。

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マラウイの国会議事堂の目の前の通り沿い。マラウイでも役人や議員などの富裕層をターゲットにしていたのだろう。キノコ売りのねらい通り、お金持ちそうなマラウイ人たちが車を停めて、品定めしていた。

シイタケみたいな形と色だが、大きさが規格外。一番大きなもので、人の顔くらいの大きさはあるだろうか。

マラウイ人の夫婦が購入を決めたのにつられて、試してみたくなった。だけど、異国の地で、道端で売っている市販ではないキノコを食べても本当に大丈夫なのか。

とりあえず、なんていう名前のキノコなのか聞いてみた。

「マッシュルーム、だよ。」

英語の「マッシュルーム」は「キノコ」の総称だ。日本人がイメージする、よくグラタンに入っているあの「マッシュルーム」のことではない。

種類を同定するのは不可能だと悟った。
マラウイでは、花は花。
小さい魚は小さい魚。
キノコはキノコ、なのだ。

買うかどうか、もう一つ勇気が出ない私。でも、キノコなんて時期ものだろうから、これを逃がしたらもうマラウイで食べられないかもしれない。

「大丈夫。ちゃんと食べられるキノコだから」
ちょうど支払いを終えた、お金持ちそうなおばちゃんのその言葉に、背中を押された。

少しだけ値段交渉して、一番大きなキノコと、小さめの子どもキノコをセットで1000MK(約150円相当)にしてもらった。周りのマラウイ人も似たような値段で買っていたから、首都での相場なのだろうが、意外と高い。森は首都リロングウェから離れた場所にあり、森林も日本ほど広くはないマラウイでは、生のキノコは貴重品なのかもしれない。

おばちゃんに、調理方法を聞いておいた。
「水と塩で煮ればOK。トマトと玉ねぎを刻んで入れたらおいしくなる。肉も入れたら最高よ」

家に着いて早速調理に取り掛かった。さっと洗って、言われたとおりにトマトと玉ねぎで煮込んでみた。肉はなかったけれど、十分うまい。シイタケに限りなく近いことが分かった。せっかくだから具材を変えて、家にあったアボカドと玉ねぎでもう一皿作ってみた。これも、なかなかうまい。

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2018年3月末。マラウイ北部地方への旅行はヒッチハイクを使った。林業会社が管理する林がある、チカンガワ集落の近くを走っていたところ、これまた道路脇で何やらバケツに入れて売っている村の女性を発見。

車を停めて声をかけると、伝統的な衣装を身にまとった女性が駆け寄ってきた。バケツと桶に大量に入ったオレンジ色のキノコ。

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こんな色のキノコ、食べたことない。このチャンスを逃したらもう2度と出会えないかもしれない。そう思うと、買わずにはいられなかった。

いくらだったか忘れてしまったが、首都リロングウェで大きな茶色いキノコを買ったときの感覚でお金を渡した。物価が首都とは大きく違ったのだろう。一緒に旅をしていた男3人でも食べきれないほどの桶いっぱい分のキノコをビニール袋に詰めてくれた。近隣一帯が林だったから、きっと地元で採れたもので、村人にとっては貴重な食料かつ貴重な収入源だ。

結局一度では食べ切れず、何回かに分けて食べ切った。トマトとジャガイモとキノコの炒め物。トマトとキノコのパスタ。どちらも味付けは塩だけだったが、大満足の味だった。

その後行ったニイカ国立公園の森でも、地元の人がこれまた立派なキノコを採ったのを嬉しそうに見せてくれた。見学最終日だったので、残念ながらご相伴にあずかれなかった。でも、地元の人の嬉しそうな表情を見たら、食べなくてもとってもおいしいキノコだということは分かった。

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日本の市販キノコと狩るキノコ

日本では、今やスーパーに行けば、シイタケ、エノキ、シメジ、ナメコ、白マッシュルームなどは一年中売っているし、私が子どもの頃はほとんど見かけなかったエリンギでさえもそれらのキノコと肩を並べるほどメジャーになってきた。マツタケは中国産が出回っているが、時期になるとちゃんと国産もある。

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そんな中、日本で古くから食べられているキノコであるにも関わらず、スーパーではほとんど見かけないキノコがある。

ハツタケ(初茸)だ。

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その名の通り、キノコの中では一番早く9月中旬頃から収穫できる。身がもろくてくずれやすいこと、それから栽培が難しいことから、市販されることは少ない。

別名ロクショウ(緑青)とも呼ばれ、触った所や傷をつけたところが緑青色に変わる特徴がある。他のキノコにはない、その珍しい特徴ゆえに、見分けがつけやすく、キノコ狩りの格好の的となったのだ。

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千葉県のハツタケ狩り

私が住む千葉県でも、このハツタケ狩り文化がかろうじて残っている。

房総半島は昭和の前半まで、数百年にわたりマツ林に覆われた環境だったらしい。千葉の里山ではマツ林は薪炭林として栽培・管理され、若いマツ林が保たれたため、房総の食用キノコ御三家と呼ばれたハツタケ(初茸)、アミタケ(網茸)、ショウロ(松露)がよく見られたという。

さらに、千葉で多くとれたハツタケは江戸へ持っていくと高く売れたり、贈答品としても珍重されたりした。今でいうマツタケのような扱いだったのだろうか。

ともかく、千葉県でのハツタケ人気は全国トップレベルだったという。

参考:吹春俊光『絵葉書や浮世絵でたどる房総のきのこ文化―房総で何故ハツタケが愛されているのか?―』千葉中央博研究報告March 2021

私も子供の頃、親に連れられてハツタケ狩りに行ったことがある。若い松の木がある場所によく生えるということ、見分け方、ハツタケとアカハツタケがあること、調理の仕方などを教わった。

書物の中のハツタケ

江戸時代の名だたる俳人が、この初茸を俳句に書いている。

初茸や まだ日数へぬ 秋の露  芭蕉
初茸の 無疵(むきず)に出るや 袂から  一茶

俳句だけでなく、料理書にも登場する。

『料理網目調味抄』(嘯夕軒宋堅著: 1730年)
「米に醬油と酒とを加へて飯をたき、別にハツタケを味付けおき飯と混ぜるなり。叉初より米と共に煮るも差支へなし。」

秋の食卓で重要な位置を占めていたに違いない。

久々のハツタケ狩り

ハツタケなんて、いくら貴重だと言われても、小さい頃はおいしさがわからなかった。シイタケのバター醤油焼きの方がよっぽど好きだった。いつの間にかエリンギのそれも覚えてしまった。

最近、久しぶりにハツタケ狩りに行った。子供の頃連れて行ってもらった懐かしの場所だ。早朝2時間ほど歩いて、いくつか立派なものも取れた。傷をつけないようにカゴに入れる。昔の子どもたちは、細い竹の枝や、ススキに刺して持ち帰ったのだという。これだけ採れれば十分だ。

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【左:ハツタケ 中:アカハツ 右:アミタケ】

作り方を聞いて炊いたハツタケご飯とアカハツのみそ汁。口に入れる前からふわっと感じる季節の香り。今になってやっとハツタケの良さが分かるようになっていた。

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消えゆくキノコ狩り文化

自分と同じ年代で、ハツタケを知っている人は少ない。ハツタケ狩りができる人は相当少ないはずだ。少なくとも江戸時代から続いてきたハツタケを食する文化は、あと数十年で文献の中の歴史になってしまうのだろう。

市販のキノコの種類は確実に「豊か」になった。それと引き換えに失われゆくハツタケ狩り文化。

マラウイで出会った、あのシイタケのおばけみたいなキノコ、毒々しいオレンジ色のキノコを、ふと思い返した。マラウイもいつか「豊か」になったら、あのキノコたちは見向きもされなくなるのだろうか。それとも、キノコ狩りの文化として引き継がれていくのだろうか。

身の回りにあったものが失われるのは寂しい。面倒くさいものから、便利なものへ。なくなる時は、きっとあっけなくて。なくなったとしても、多くの人は気にも留めなくて。

それでいい。「古臭いもの」をいつまで取っておいてもしょうがない。

でも、自分はなぜだか「古臭いもの」が好きだ。


※タイトル画像:『本草図譜』(第54巻,芝䕻類3,岩崎常正著,大正時代の復刻)に掲載されたハツタケ(部分),千葉県立中央博物館蔵

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