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夏の気配

written by: ほしちか

台所で、せっせと自分のために小さなおむすびをつくっている。クーラーを弱めに設定してあるせいか、それともこの夏が暑すぎるのか、立っているだけでうっすら額に汗をかく。

まな板の上で梅干しの種を抜き、たたきつぶして炊きあがったご飯に混ぜた。そのあと手に水をつけ、梅ご飯を手でまるめながら、最後に海苔を巻く。

妊娠してから、気分が悪くてとにかくものが食べられなくなり、それでも何か口に入れないといけないから食べられるものを、と探した結果、梅のおむすびだった。

酸っぱいものが食べたくなるよ、と昔からいろんな女性が言っていたことを、妊娠前は本当かなあと疑っていたけれど、実際本当に味覚が変わって、いままでそう食べたいとも思っていなかった梅おむすびが一番美味しい。

梅干しが食べたい、と遠く離れた実家の母に電話したら宅急便で届いた。「おばあちゃんが去年漬けたやつよ、なくなったらまた送るから言いなさい」と。それで妊婦の私のおむすび用と、一緒に暮らしている浩紀の弁当に、ときどき入れたりと活用している。

最初に梅干し入りの弁当を見たときに浩紀は言った。

「日の丸弁当なんて、なんか懐かしいな。だせえけど、そこがいい」

車の整備士である浩紀は、このめちゃくちゃ暑い夏の日にも半分外で作業しているので、すごく汗をかいて帰って来る。お腹も相当減るらしいので、浩紀の弁当箱は大きい。下の段には、梅干しの乗ったごま塩ご飯がぎゅうぎゅうに詰まり、上の段には、鶏肉を焼いたもの、卵焼き、ブロッコリーにプチトマトなど、とにかくめいっぱいあるものを詰め込んでいる。

とくにお洒落でもセンスがいいわけでもない日の丸弁当を、浩紀はいつも米粒ひとつ残さず平らげてくるから、そんなとき、このひとは育ちがいいなと思う。

つくったちいさな梅おむすびは、冷蔵庫に入れて、小腹がすいたら電子レンジでチンして食べる。夏場だから少量つくって、2日のうちに食べきる。

「パパ、今日も遅くなりますかねえ、どう思う?」

最近、お腹の子に話しかけてみることが増えた。もちろん返事はなにも返ってこないけど、ただでさえぐらんぐらん揺れる気分が、この子に話しかけることで少し落ち着く気がする。

ひとつだけ、いま食べる用として冷蔵庫に入れなかった梅おむすびをそっと一口かじると、鼻の先から夏の気配が抜けていったような気がした。


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ほしちか

小説・エッセイを書いてます。日々のささいなことに光をあてて、温度のある言葉をつづりたい。Amazonkindleで掌編集「言の葉の四季」発売中です。https://goo.gl/EDhBTs  連絡先:satoko_nagai_0328@yahoo.co.jp

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Photo: SAKI.S


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