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saki.
2016年10月17日 20:50
キッチンからコーヒーを片手にして、彼女は戻ってきた。リビングのいつもの椅子に座り、どこからともなく読みかけの本を出してきて、それを読んでいる。あまりに深く潜っているので、僕はいつものことだと思いつつも、せっかく豆から挽いたコーヒーが冷めてしまうんじゃないかと、気になった。やがて彼女が顔を上げた。水面に上がってきたみたいだ。僕は彼女の目と出会った。僕は口を開く。「君はいつも本ばかり読
2016年10月16日 18:33
帰宅したとたんに、雨が上がった。日曜日に走ったから、神様が怒ったのかもしれない。そう彼女に言うと、「怒る神様って、前近代的よね」と言った。彼女は時々、学術的に定義が難しい言葉を、事も無げに形容詞に使う。前近代的ってどういうこと、と尋ねると不機嫌になるに決まっているので、辞めておく。「ねえ、どうして日曜に洗濯するの」「土曜日の朝早くに起きたくないからだよ」「起きてからやればい
2016年10月13日 21:22
僕は雨の日はそんなに好きではない。幸いにも霧雨程度になったので、これ幸いにとジョギングに行く。彼女はダイエット中らしく、珍しくはりきってついてきた。「ねえ」と彼女は言った。「なあに」と僕は言う。「世界が数字だけでできてたらいいのにって思うことある?」「デジタルの世界みたいに?」「そう、デジタルの世界みたいに」「僕はシンプルで悪くないかなって思うけれど」「シンプル、ねえ」
2016年3月16日 06:27
彼女が初めて実家に来た時、僕の母は「少し変わった子ね」と言った。「そうかな」「悪い意味じゃないわよ。なんかこう、少し独特ね」「少し独特」だと「独特」ではないのではないか、なんて僕は思ってしまったのだけれど、そんなことを言うと母が不機嫌になるので、辞めて置く。「まあ、ゆっくり喋る子ではある」「そうよ。あなただってだいぶ、ゆっくり喋るようになったじゃない」「そうかな」「一緒
2016年3月14日 05:44
「おかえり」と僕は言った。「ただいま」と彼女は言う。「クロワッサンは買えた?」「ええ。あなたにはフランスパン」「雨はひどくなかった」「大丈夫だったわ。焼きたてだったの。あんまり冷めてないといいのだけれど」「コーヒーを入れようか」「ええ、お願い」「せっかくだし、豆から挽くやつにする?」「そうね。日曜日だものね」「それとも紅茶にする?」「ううん。紅茶にはマド
2016年3月12日 01:53
僕は洗濯が嫌いな方ではない。あの決まった手順を淡々とこなすのが好きなのだ。細いハンガーにはズボン太いハンガーにはシャツ。洗濯ばさみがたくさんついている、何と言ったかあのやつにも決まりはある。下着は真ん中、靴下は外側。勿論、靴下のペア同士は隣り合っていないといけない。というようなことを彼女に初めて喋ったとき、彼女は持っていたマグカップをテーブルに置いて、笑った。「そんなに面白かった」「え
2016年3月10日 07:57
彼女はとにかくゆっくりと喋る。彼女の世界と僕の世界のテンポはどことなくずれていて、つまりボタンを一つかけ間違えた世界に互いに住んでいる。僕が焦っていて言葉を端折ったり、怒っていて言葉を乱暴に扱ったり、悲しんでいて言葉を失ったりしたとき、彼女はとても丁寧に、僕が落とした言葉を一つ一つ拾う。そして埃をそっとふきとり、彼女の柔らかい手の盆に乗せて渡してくれるのだ。「おはよう」と彼女が言った。
2016年3月6日 04:59
「湖畔がいいわ」と彼女は言った。「湖畔?」「そう、湖畔。湖のほとり。」「湖か」「そうよ。興味ないかしら」「興味なくはないけれど」「湖畔で、何を」「そうねえ」「まあしろなワンピースを着るのよ。そして、洗濯をするの」「洗濯」「そう、洗濯」「洗うのも白い服?」「ええ、白い服しか洗わないの」「僕のシャツは洗ってはくれないの?」「そうねえ」「まあし