水面下vol.7
帰宅したとたんに、雨が上がった。日曜日に走ったから、神様が怒ったのかもしれない。
そう彼女に言うと、「怒る神様って、前近代的よね」と言った。
彼女は時々、学術的に定義が難しい言葉を、事も無げに形容詞に使う。
前近代的ってどういうこと、と尋ねると不機嫌になるに決まっているので、辞めておく。
「ねえ、どうして日曜に洗濯するの」
「土曜日の朝早くに起きたくないからだよ」
「起きてからやればいいじゃない」
「洗濯機は午前中に回さないとだめなんだ」
「でも夜まで干しておけば、昼から干しても乾くわ」
「夜に洗濯物を取り込むと、ひんやりしているからいやなんだ」
「別にそんなの、取り込めばあったかくなるわよ」
「いや、そうなんだけど、ひんやりした洗濯物をたたみたくないんだよ」
「ふうん」と彼女は言った。
「にしてもあなたが洗濯好きでよかった」
「私、洗濯は好きじゃないけれど、きれいに積み重なった洗濯物を見るのは好きなの」
「別に僕だって、洗濯が好きなわけじゃない」
「でも、私よりは、好きでしょう」
「君の洗濯嫌いと風呂嫌いはこの家で有名だからね」
「きれいなのは勿論好きよ。でもね、洗濯とお風呂のことを考えると、どうしてこうも清潔に保つのはエネルギーが必要なのかしらっていつも思うの」
「ドイツには、人生の半分は整理整頓っていう言葉があるくらいだからね」
「人生って地味ね」
「地味なくらいが僕にはちょうどいい」
「ふうん。まあ派手は人生も、悪くはないけれど」
「少し退屈なくらいが、一番幸せなのよきっと」
「だから人は不幸を求めてる」
「あなたも不幸になりたいの」
「いや、不幸な人生に洗濯は似合わないから、やめておく」
「あなた、さっきから洗濯のことしか言ってないわよ」
「雨だから今日中に乾くか気がかりなんだ」
「だから別に日曜に干さなくたっていいのに」
「土曜日は寝ていたいんだ」
「ねえ、話が一周したわ」
そう言って彼女はコーヒーをつくりにキッチンに行ってしまった。
僕も彼女も普段そんなに話すわけではないのだけれど、雨の日曜日にはどういうわけか、話が進む。雨を肴に、というものだろうか。
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