水面下vol.6
僕は雨の日はそんなに好きではない。幸いにも霧雨程度になったので、これ幸いにとジョギングに行く。彼女はダイエット中らしく、珍しくはりきってついてきた。
「ねえ」と彼女は言った。
「なあに」と僕は言う。
「世界が数字だけでできてたらいいのにって思うことある?」
「デジタルの世界みたいに?」
「そう、デジタルの世界みたいに」
「僕はシンプルで悪くないかなって思うけれど」
「シンプル、ねえ」
「きみにとってはつまらないでしょう」
「そうねえ」
「きみはグレーが好きだから」
「でも、数式を見て美しい、って思える人は、羨ましいって思うわ」
「ふうん。素数は、美しいと思えるけどな」
「素数?」
「うん、1とその数でしか、割れない数字」
「どうして美しいの」
「そうだなあ」
「孤独だけれど、どことなく光って見える」
「ふうん。いいわね。」
「羨ましい?」
「ちょっとね」
「ちょっとだけなんだ?」
「うん、ちょっとだけ」
「あんまり喋ると、息があがるよ」
「わかってる」そう言って、彼女は言葉を切った。
彼女が話し終わると、いつも柔らかな静寂につつまれる。
「ねえ」と僕は言った。
「話すと息があがるって言ったじゃない」
「どうしていつもダイエット中なの」
「女のひとは多かれ少なかれ、みんなダイエット中なのよ」
「女のひとはみんなそうなの」
「二人いれば一般化できるわ」
「別に痩せなくていいと思うけれど」
「女のひとにとってダイエット中というのは、一種のファッションみたいなものなの」
「きみにとっても?」
「私は本当にダイエットしているわ」
「たまに走っているだけじゃないか」
「毎日続けると、続かないの」
「だからたまに走るの?」
「そうよ。たまにくらいが、ちょうどいいのよ」
「仕事もそうかな」
「きっとそうよ」
「神様だって、日曜日には休むわ」
「確かに」
「でも僕は、毎日走るよ」
「そうしたら、神様にはなれないわね」
「そうだな」と、今度は僕が、言葉をきった。
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