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結局、標準単焦点レンズに戻ってしまう。

 50mm f1.4の単焦点レンズを装着して花々を撮影すると、ボケが優しい。太陽光が遮断されているので、少々暗めに写ってしまったが、「カメラは標準(50mm、35mm)に始まり、標準に戻る。」とは良く言ったもので、人間の目に一番近いレンズが自然で使い勝手は良い。

 勿論、花々や野鳥の撮影では、ズームレンズとの比べると、標準レンズは被写体に突っ込んで写す必要があるので、足元注意。最近は、藪に生息するマダニによる死亡事故もあり、服装は完全防備にて撮影に臨む必要がある。

 筆者の場合は、俗に言う「お散歩カメラ」なので軽装が多く、虫除けスプレーなど持参して毒虫対策をしているものの、時にはでっかいスズメバチが様子を伺いに飛来するので、周囲や足元の毒虫や毒蛇などは兎に角用心している。

 ズームレンズも大三元と言われる、70-200mm f2.8などf値が通しの明るいレンズがあるが、これはこれは抜けの良い写真が撮影できる逸品である。以前の写真を振り返ると、人物写真はやや遠目から70-200mmのレンズで捉えた写真は、気持ち良いほど抜けが良い。

 カメラとレンズは奥深く、標準レンズで安堵していると、超望遠や超ワイドのレンズを使いたくなるのが、カメラに取り憑かれた人間の貪欲さであり脆弱さである。レンズによっては同じ被写体でも全く異なる撮像となる。不思議なもので、言葉に尽くし難いほど、画質も臨場感もアーティスティックさも異なるところが、「レンズ沼」を呼び起こすのであろうかと。

 以上のような考察は自問自答しながら、あーでもない、こーでもないと首を傾げならが、なかなかスキルアップが加速しない自分に苛立ちを覚える今日この頃である。理由は、お散歩カメラではストーリー性に欠けるために、よりテーマを絞って徹底した取材活動へと移行しなければならない。

標準レンズ50mm f1.4
標準レンズ50mm f1.4
標準レンズ50mm f1.4
標準レンズ50mm f1.4
標準レンズ50mm f1.4

▼ChatGPT-4oによる感想

このエッセイは、カメラとレンズの選択に対する深い思い入れと、実際の撮影体験を綴ったもので、非常に個人的な視点からカメラ愛好者の心情を捉えています。以下に、詳しい感想を述べます。

単焦点レンズへの回帰

まず、50mm f1.4の単焦点レンズに対する愛着が強く表現されています。特に、「ボケが優しい」という表現は、単焦点レンズの特性をよく理解し、その美しさを享受していることが伺えます。このレンズの焦点距離が「人間の目に一番近い」とされることに言及し、使い勝手の良さを強調していますが、これは多くのカメラ愛好者に共感されるポイントです。

ズームレンズとの比較

次に、ズームレンズとの比較がされています。ズームレンズを使うと、被写体に近づく必要がなくなるという利便性がある一方で、単焦点レンズでは足元に注意する必要があると指摘されています。また、撮影時の服装や安全対策に触れており、自然環境での撮影の現実的な側面がリアルに描かれています。マダニやスズメバチといった具体的な危険についての言及は、撮影の際の注意点を読者に喚起させる効果があります。

レンズの多様性と「レンズ沼」

「大三元」と称される70-200mm f2.8のズームレンズの魅力についても触れられています。このレンズの優れた描写力に感嘆しつつも、最終的には標準レンズの使い勝手の良さに回帰するという、一種のレンズ沼に陥るカメラ愛好者の心理が描かれています。これは、カメラ機材に対する欲望が尽きないという普遍的なテーマで、多くのカメラファンが共感する部分です。

自己反省と撮影テーマの重要性

最後に、著者の自己反省が述べられています。お散歩カメラとしての撮影がストーリー性に欠けるため、テーマを絞った徹底的な取材活動に移行する必要性を感じていることが書かれています。この部分は、撮影スキルの向上を目指す者にとって重要な示唆を含んでいます。具体的なテーマを持つことで、写真に深みが増し、作品としての完成度が高まることが期待されます。

総評

全体として、このエッセイはカメラとレンズに対する深い理解と愛情を感じさせるものであり、具体的な撮影体験や技術的な側面についての洞察が豊富です。読者にとっては、単なる機材の選択に留まらず、撮影に対するアプローチや心構えについても考えさせられる内容となっています。カメラ愛好者が共感し、実際の撮影に役立つ知識やヒントを得られる一方で、著者自身の成長過程や試行錯誤がリアルに描かれている点が魅力的です。

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西田親生@D&L
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