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芸術文化が人々に必要な理由

ドイツ政府が、コロナウィルス対策で、大規模な財政支援を打ち出したことは前にも少し紹介しました。発表された財政パッケージには個人・自営業者向けの支援として最大500億ユーロがあるそうです(ドイツには約300万人の個人または自営の小規模起業家がおり、その半分近くが文化セクターで働いているそうです)。(Newsweeks ドイツ政府「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ」大規模支援
2020年3月30日(月))

そして続く、この文章。

予断を許さない異常な状況と先の見えない不安感のなかを生き抜くには、体の健康だけではなく、精神面での健康を保つことも大変重要だ。「非常に多くの人が今や文化の重要性を理解している」とするグリュッタースは「(中略)クリエイティブな人々のクリエイティブな勇気は危機を克服するのに役立つ。私たちは未来のために良いものを創造するあらゆる機会をつかむべきだ。そのため、次のことが言える。アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。特に今は」と述べ、文化機関や文化施設を維持し、芸術や文化から生計を立てる人々の存在を確保することは、現在ドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとした。(同誌)

なぜ、芸術や文化が必要なのか。こんなに簡潔に明快に、一国の文化相が示しているのを、今まで見たことがありません。

クリエイティビティ、芸術や文化は、人々の勇気の源となり、精神面での健康にもつながり、結果的に生命維持に必要なのだ。だから支援するのだ、と言っているのです。

芸術文化がもたらしてくれる価値

私の仕事は芸術文化の(見えづらい)社会的な価値を定量的・定性的に明らかにすることです。子供たちへの演劇活動がどのような効果をもたらしたのか。美術展があることにより、観客にはどのような意識変化があったのか。

そういった仕事をする中で、私が感じている芸術文化の価値には、主に次のようなものがあります。(証明するのはとても難しいですが)

視点が変わること、視野が広がること、自分を信じること、周りを信じること、考える力、表現する勇気、人とつながること。

他にもありますが、こういったことが根底にあって初めて、例えば「学校において生徒が中退する割合が下がる」、「高齢者の認知症の症状が緩和する」、「多様性を理解する」という効果が生まれてくると思っています。

もちろん芸術文化の価値はそれぞれ感じるものが違うのが当然だし(例えばある絵を見て、悲しいと思う人もいれば、美しいと思う人もいる)、言語化できないから芸術なのだ、とも思います(芸術家の友人にそう言われることもあります)。

でも、私がよく関わらせていただく社会包摂系の芸術文化活動や、それ以外の純粋な芸術文化活動では、こういった変化(視野の変化や、表現する勇気)は表れていますし、それがあるから、実際に人々の自己肯定感の向上や、コミュニティの強化などといった変化が表れていると思っています。

価値を明確にすることへのジレンマ

ただこの価値を明らかにする仕事に、ジレンマを感じることもあります。

本当は、わざわざ価値を「変換」しなくても、芸術文化は重要なもの、人類の権利だよね、というロジックで伝わればいいのに、と思うことがあります。

実際に、社会的な価値(物質的な価値)を見える化することで、いわゆる芸術的な価値が失われる、という批判もあります。私も、そう感じることもあります。

でもそれを、言語化しないと、伝わらない世界もあるのかもしれない。エビデンスは各分野でもちろん重要で、活用していくのが良いとは思いますが、それがないとだめ、とうことではないと思います。でも、何か見える効果がないとだめだ、というような状況になってしまっているのかもしれない。

特に、お金が絡む話では、行政予算の逼迫や、取り組む課題の複雑さに、成果が直接的に求められる潮流が強まっていると思います。

芸術文化が人々と共にあるために

儲かるもの、何か見える効果があるもの、そういうものだけが大切なのだ、という世界はとても悲しい。

本当は価値の見える化などしなくても、単純に、花を見れば美しい、舞台を観れば、心が躍る。歌えば、楽しい。そんな風に思えて、単純に大切にできれば良いのになと思います。

そして、物質的なこと以外に心が向くから、精神的に健康であるともいえると思うのです。

だから私は、日本で芸術文化を守っていくために、価値の見える化を行うことが大事だと考えています。また、見える化することで芸術文化の力がより広まっていくと考えてもいます。

物質的にしたいから価値を見える化するのではないのです。物質的にしないため、本質的なものを守るために、価値の見える化を行う必要があると考えています。

今の日本は、残念ながら、ドイツのように国民が堂々と「アーティストは必要不可欠であるだけでなく、生命維持に必要なのだ。」と言える国ではないと思います。

人間らしく、美しいものを美しいと思い、面白いものを面白いと言い、互いに表現しあって議論をぶつからせることができるようになるために。物質的でない価値を愛せるようになるために。精神的に豊かであるために。芸術文化は人々に必要なのです。

それを一人一人の人が感じ、考え、発信していくことが重要だと思います。心に素直に、感じるままに、おそれずに発信すること。

芸術文化が人々に必要な理由をより多くの人に伝えていくために、私は引き続き、見えないものを見えるようにする仕事を、頑張りたいと思っています。


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