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映画「千夜、一夜」感想

 一言で、人知れず突然失踪した夫の帰りを待つ二人の女性の物語です。佐渡の風景の美しさと相まって物悲しさが漂います。出来事は「悲しい」けれど、それだけじゃない、複雑な人間の心の機微がよく表現されていました。

評価「C」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。また、一部表記に「差別的表現」を含みますが、そこに中傷の意図はないこと、ご理解よろしくお願いします。

 本作は、NHKスペシャルやテレビ東京の『ガイアの夜明け』などのドキュメンタリー作品を多く手掛ける久保田直監督最新作品です。また、久保田監督は劇映画も手掛けており、劇映画デビュー作の『家路(14)』が第64回ベルリン国際映画祭パノラマ部門正式出品の快挙を成し遂げ、国際的な評価も高い方です。
 本作は、2本目の劇映画で、脚本は青木研氏が務めています。また、主演の田中裕子氏とは『家路』以来のタッグとなりました。
 日本における「失踪者」は、年間約8万人いると言われています。そして今もどこかで彼らを待ち続ける人がいます。本作は、そこに焦点を当て、複雑な人間の感情を描いたヒューマンドラマです。

・主なあらすじ

 北の離島の美しい港町。ある日「ちょっと出掛けてくる」、と一言残したまま、若松登美子の夫は突然姿を消しました。
 それから30年、彼女は、離婚手続きせず、今も夫の帰りを待ち続けていました。周囲からは再婚を勧められ、漁師の春男が登美子にずっと想いを寄せ続けるも、その姿勢を崩すことはありません。 
 そんな登美子のもとに、2年前に失踪した夫を探す田村奈美が現れ、登美子に協力を求めます。ある日、登美子は街中で偶然、失踪した奈美の夫・洋司を見かけて…。

・主な登場人物

・若松登美子(演- 田中裕子)  
 本作の主人公。北の離島の港町でイカ捌きの仕事をし、一人で暮らします。30年前に夫が突然失踪し、その帰りをずっと待っています。

・田村奈美(演- 尾野真千子)
 看護師。夫が2年前に失踪しており、登美子に協力を求めます。実は、在日韓国人3世で、既に帰化しています。

・若松愉(さとし)
 登美子の夫。外航船員でしたが、ある日突然妻の元から失踪します。30年経った今も、行方不明のままです。

・藤倉春男(演- ダンカン)
 島の漁師ですが、仕事が出来ず、かつ飲んだくれなせいか、周囲からは愚図扱いされている、冴えない中年独身。登美子に長年片思いするも、いつも振られます。

・田村洋司(演- 安藤政信)
 奈美の夫で、中学校の理科教師。2年前に突如失踪しますが…

・藤倉千代(演- 白石加代子)
 春男の母。老い先短いこともあり、春男の将来を悲観して、何としても登美子に再婚してもらいたいと、周囲の人を巻き込んで、外堀を埋めようとします。

1. 「千夜、一夜」のタイトルの意味は?

 本作のタイトルは、元々は、イスラム世界における説話集『アラビアンナイト』から取ったものだと思います。日本では「千夜一夜物語」の他に、「千一夜物語」(せんいちやものがたり)と訳されます。このお話は、女性不信に陥った国王が若い娘を殺すのを止めさせるために、大臣の娘シェヘラザードが王に嫁ぎ、1000夜に渡って毎晩物語を語り続けて、遂に王の悪習を止めさせた、という内容です。しかし、元の話には「結末」は無く、ただ「数多くの話」だけがあったらしいです。
 本作に当てはめるなら、主人公が「千夜一夜の長い月日を待ち続けた」というところでしょうか。

 ちなみに、タイトルだけ聞くと、小野田寛郎氏をモデルにした映画『ONODA 一万夜を越えて』を思い出します。彼は30年以上の長い月日をジャングルの中で潜伏していたので、「長い月日を過ごす」という意味では、「似ている」のかもしれません。

2. エンタメよりも、脚本・演技重視の淡々とした作品である。

 まず、本作は物語の起伏は少なく、淡々とした映画でした。そこは、ドキュメンタリー出身監督故の作風なんだと思います。所謂、「映画祭向け映画」ですね。エンタメとして楽しむより、俳優の演技をしっかりと見る作品でした。そのため、好みはハッキリと分かれそうでした。もしかすると、テンポや俳優の演技が合わないと、眠くなる人もいそうです。
 私も、脚本は「面白い」という程ではありませんでしたが、まぁ最後まで見れる内容ではありました。俳優の演技は◎ですね。流石ベテランを揃えただけあり、安定して見れました。

3. 佐渡ヶ島の自然や街並みが綺麗だけど、どこか物悲しい心象風景を映している。

 本作の舞台は北の離島ですが、実際のロケは新潟県の佐渡ヶ島で敢行されました。
 佐渡ヶ島は縁があって何度も訪れていますが、四季折々の自然、山の木々や草、荒々しい海、佐渡おけさの民謡、おけさ柿の木、イカが干してある漁師町、坂道や階段の多い狭い路地などがスクリーンに映されると、これ見たことある!とか、ここはどこだろう?とか考えていました。    
 本作では、それらが綺麗だけど、どこか物悲しい心象風景として表現されていました。ずっと見ていると、どこか切なくてやるせなくなってきました。

4. 時折、限界集落あるあるも映している。

 本作は北の離島の漁師町が舞台ですが、時折「限界集落あるある」も映していました。
 まず、登美子を始め、登場人物には誰も子供がいません。しかも、子役や若手俳優・女優も一人も登場しませんでした。実際に職場も病院も葬式もジジババばかりでした。
 また、商店街はシャッター街で、街を歩いていても、ほとんど人とすれ違いません。 
 そして、独身中年男性の「末路」の描写がエグく、「使えない男」が職場でやコミュニティー全体での「お荷物」になっていました。(ここは後述します。)

5. 登場人物達の気持ちの「投影と昇華」がネットリと描かれる。

 本作は、前述より作風としては淡々としていますが、一方で登場人物達の気持ちの「投影と昇華」がネットリと描かれており、そこが上手くギャップとなっていました。

 本作のキャッチコピーである登美子の言葉、「『帰ってこない』理由なんかないと思っていたけど、『帰ってくる』理由もないのかもしれない」に作品の全てが集約されているように思います。
 一方で、本作の出来事は「悲しい」けれど、描かれたのはそれだけじゃないとも思います。それを超えた複雑な人間の心の機微がよく表現されていました。

・奈美「毎晩、彼の『後ろ姿』の夢を見るんです。」   登美子「夢なんか見ないわ。寝たらあっという間に朝になっているもの。」
→夢に現実の心の中の気持ちが「投影」されていると思います。
 奈美は、元夫のことを忘れている訳ではないけど、新しい恋人と前に進むために、彼が「いなくなった理由」を探していました。 
 一方で、登美子は「夫の失踪の事実を受け入れず、『いない人をいる』ようにして振る舞う」ことで、精神を保とうとしていたのかなと思います。毎日夫婦の会話が録音されたカセットテープを聴いていたくらいなので。

・登美子の母「人って変わってしまうものね。」「貴女(登美子)の結婚だって認めなかったし。」 
→生前は、DV男だった登美子の父。母曰く、元は優しい人だったのに、戦争で負傷し、帰還して人が変わってしまったらしいです。
 登美子の父は、登美子と夫の結婚には反対だったようなので、二人は駆け落ちしたのでしょうか? 

 ちなみに、登美子と母は別居していましたが、頻繁に登美子が訪問して様子を見ていました。しかし、その母も亡くなります。
 母の葬式にて、彼女の生前のリクエストより、参列者は民謡『佐渡おけさ』を歌いましたが、登美子には知らされていませんでした。何故かはわかりませんが、親子でも、娘には「伝えたくないor見せたくない」姿があったのかもしれません。 
 ちなみに、父の義足は流石に棺に入らなかったので、登美子が持ち帰りましたが、それが自宅の部屋にそのまま立てかけてあったのがシュール過ぎました。

・奈美「登美子さんって『強い人』ですね。私なら、そんな長い時間待ってられないもの。」  
→実際、「強い・弱い」って何なんでしょうね?奈美が登美子を「強い人」だと言ったとき、登美子が「複雑な表情」を浮かべたのが印象的でした。 
 表面の態度が「気丈」に見える人ほど、心の中は「繊細」なのかもしれません。人の心は「わからない」ものだと思います。

・奈美「あの人がいなくなったことは悲しいです。でも私思ったんです。連絡もくれない人よりも、身近な人を大事にしようって。子供もほしいし。」
→奈美には新しい恋人が出来たことで、洋司との思い出を「過去の物にする」けじめがついたのでしょう。

・洋司「仕事とか家庭とか、人生が『その先に決められていく』のが怖かったんです。だから逃げ出したくなって。」 
 登美子が新潟県本土で洋司を見かけて、カフェでの会話。まぁ洋司の気持ちは「わからんでもない」けど、自分勝手な人ですね。人間、大事なことはきちんと向き合って「会話」しないと駄目ですよね。

・登美子→洋司「今更奈美さんと会っても関係が戻ることはないと思うよ。でも、いつかは向き合わないといけないんじゃないの?」
 登美子は、奈美に洋司の無事を知らせるために、奈美の自宅に向かいます。ここは、田村夫妻を考えてのことだと思いますが、一方でかつて自分が夫に「出来なかったこと」また「してほしかったこと」をなぞったのかもしれません。

・奈美→登美子
「こうやって引き合わせたのは、貴女の『自己満足』じゃないんですか?私が傷つくのわかってたでしょう。貴女こそ、『夢の中から抜け出せない』んじゃないんですか?」
 洋司と再会した奈美は泣き崩れ、彼にビンタを食らわし、帰ろうとする登美子に怒りをぶつけました。 
 こうなることは、登美子も洋司も「予想」できていたと思います。実際、何が「正解」かなんてわからないです。知ることが良かったのか、知らないままのほうが良かったのか…どの人の気持ちも「痛い程わかる」からこそ、このシーンは辛かったです。

・田村家の騒動後、夜中に洋司が登美子を訪ねてきます。
 登美子のテープ音声を聴いていた洋司ですが、不意にカセットテープが切れてしまいました。洋司がカセットテープを修復したとき、雑音が混じりながらも、登美子の夫の声がまた聞こえたのです。その言葉をなぞった洋司を、登美子は抱きしめました。
 ここで、登美子は洋司を夫に「投影(置換)」したことで、漸く長年の思いを「昇華」したのだと思います。

 一方、本作で一番印象に残ったのは、ダンカンさん演じる春男です。30年以上も登美子に片思いしてても、何度も振られますが、その執着ぶりが異常で終始気持ち悪かったです。(演技の面で、褒め言葉です。)
 しまいには、周囲から外堀を埋められ、お見合いをセッティングされたときは、流石に引きました。

・春男「どうして僕じゃ駄目なんだよ!『あの人』はもうずっと帰ってこないじゃないか!」
登美子「あんたは、いつも私が弱いときに来るじゃない。『あの人』とは違う!『あの人』は、私が楽しいときにいてくれた人よ!」

 実際、春男がここまで仕事ができず、飲んだくれになる理由は何なんでしょうね?(正直、彼には何かの「特性」があるように感じます。こういう思想は本当は良くないですが。)
 また、藤倉親子が「共依存」なのも、気持ち悪さに拍車をかけていました。それにしても、春男の母親役の白石加代子さん、こういう「気味悪い」役が本当に上手いです。
 そして、春男は登美子に振られた腹いせに、夜中に小舟に乗って海に乗り出し、わざと「失踪」します。結局見つかりますが、果たして「死にきれなかった」のか、「単なる構ってちゃん」なのかはわかりません。

 最後、登美子は海に入水して春男に助けられるも、春男の手を振り切って一人で海岸を歩いていき、物語は終わります。
 登美子は、もう夫を吹っ切って、男には頼らず、一人で生きていくと決めたのでしょう。 
 結局、登美子は港町のコミュニティーでは「八方塞がり」なんですよね。夫も子供も孫もいない独り身で、できる仕事も限られ、周囲からは「変な男」とくっつけられようとするし。
 しかし、今更ここを離れて行く宛もないのでしょう。何だか、悲しい気持ちだけが強く残りました。

 最も、登美子と奈美に訪れた「結末」は、『千夜一夜物語』のような「ハッピーエンド」ではないかもしれません。それでも人間は折り合いをつけて生きていかなければならないんですよね。

6. サスペンスではないヒューマンメロドラマ、正直「現実味」はあまりない。

 本作は、「失踪」や「人探し」がテーマです。この言葉を聞くと、一瞬はサスペンスドラマと思いがちですが、実際はヒューマンメロドラマでした。

 正直、拉致被害者の問題や不審船、在日韓国人、脱北者らしき韓国語を話す男など、現実的なテーマを沢山出した割にはあまり社会問題には提起できておらず、「現実味」はあまりなかったです。

 レビューアーさんの中には、「待つ女性の描き方が男性の妄想っぽい」という意見があるのもわからなくはないです。実際、登美子のように、人間って連絡のない相手を30年も待てますかね?奈美の「待てない」方があり得ると思います。実際に、失踪して相手がいない場合でも、3年以上相手の消息を確認できなければ、「離婚訴訟」を提起できるので。(だから、3年経たずに洋司に会ってしまった奈美の気持ちを考えると、心がグチャグチャになります。あの状態だと、もう離婚したのかな?そこは描かれていませんが。)

 ちなみに、奈美は病院にて韓国語で、脱北者と会話していました。彼は怒っていたけど、何に怒っていたのでしょう?ここには日本語字幕がなかったので、どんな会話をしていたのかは不明でした。

 本作、「悪い」作品でも、「合わない」作品でもないですが、如何せん「面白い」作品でもなかったです。劇場で観ていた層は、50代以上らしき人が多かったですね。俳優の演技を楽しむなら良いかもしれません。

出典: 

・映画「千夜、一夜」公式サイトhttps://bitters.co.jp/senyaichiya/#

※ヘッダーはこちらから引用。


・そんなには褒めないよ 映画評
ネタバレレビュー あらすじ 「千夜、一夜」https://movieimpressions.com/senya-ichiya/

・千夜一夜物語 Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E5%A4%9C%E4%B8%80%E5%A4%9C%E7%89%A9%E8%AA%9E 

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