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映画「シング・ア・ソング!笑顔を咲かす歌声」感想

 一言で、アフガニスタンへ出征した夫の帰りを待つ軍人の妻達による合唱団結成の話です。重いテーマながらもユーモラスな内容で、パワー溢れる歌声に感動しました。

評価「A」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

・主なあらすじ

 2009年のイギリス、愛する人を戦況が悪化するアフガニスタンへ見送り、その帰りを待ちながらイギリス軍基地で暮らす女性達が、合唱団を結成しました。
 「歌って笑って、強くなりたい!」ー悪い知らせが届かないことを祈ることしかできない毎日の中、互いに支え合い、前向きに生きるために始まったこの活動はメディアにも取り上げられ、全英中だけでなく、世界各地へ広がるムーブメントとなりました。

 本作は、その「実話」を基にした「ドキュメンタリー風フィクション」で、「フル・モンティ」のピーター・カッタネオ監督が映画化しました。

・主な登場人物

・ケイト(演: クリスティン・スコット・トーマス):
 本作の主人公でイギリス軍リチャード大佐の妻。普段は明るく、過ごしているものの、一人息子ジェイミーを若くして戦地で亡くしています。多忙なリサに「協力したい」と手を貸しますが…

・リサ(演: シャロン・ホーガン):
 夫が昇進したことで、女性達のまとめ役に就任するも、跳ねっ返りな思春期の娘のことで手一杯で、中々手が回りません。ケイトとは、合唱団のやり方を巡って度々「衝突」します。

・サラ(演: エイミー・ジェイムズ・ケリー) 
 若奥様で、招集直前に結婚しましたが、不安な気持ちが強く、電話や呼び鈴の音に怯えます。妻達に「合唱」を提案し、「合唱団結成」のきっかけを作るも…

・ジェス(演: ギャビー・フレンチ) 
 ソプラノボイスが綺麗な女性、ソロパートを任されるものの、今一つ自信がない引っ込み思案な性格でした。しかし、「ある出来事」がきっかけで徐々に変わっていきます。(彼女は何となく、映画「SING」のミーナみがありました。)

・ルビー(演: ララ・ロッシ) 
 褐色系の女性。大きな声が特徴的ですが、「音程を無視する」傾向にあります。「自分が下手」だと落ち込む彼女ですが、「あるパート」を任されて、徐々に変わっていきます。

・フランキー(演: インディア・リア・アマルテイフィオ) 
 リサの娘。思春期真っ盛り・跳ねっ返りな性格で、母と衝突します。最初は母の活動を冷ややかに見ていましたが、ケイトと交流することで、何かが変わっていきます。

・リチャード大佐(演: グレッグ・ワイズ):
 ケイトの夫。5度目の出征に向かうも、怪我によりあえなく帰国することになりました。

・クルックス大尉(演: ジェイソン・フレミング):
 基地に駐屯し、戦地の様子を探って、家族達に伝えます。最初は合唱団結成に驚くものの、徐々に彼女らの活動に理解を示します。

1. なぜ、イギリスでこの映画が作られたのか?

 イギリス映画には、苦境にある貧しい人々が力を合わせ、共に生きる喜びを確認し合うという物語の伝統があります。
 本作を手掛けたピーター・カッタネオ監督が1997年に制作した「フル・モンティ」では、鉄鋼業が衰えた町で失業中の男たちがストリップショーに出演する話を描き、上記の伝統を踏襲しつつ、ユーモラスで感動的な内容となっています。
 本作も、上記の流れを組んだ作品です。アフガニスタンの戦場に送り出した夫の無事を願いながら、合唱団を結成する妻達の物語で、彼女らが支え合い、苦難を乗り越える姿がヒューマンタッチで描かれます。

 本作にて夫達が出征する「アフガニスタン紛争」(2001-2021)は、アメリカ合衆国を中心とする連合軍とターリバーンとの19年10か月に及ぶ戦闘です。最終的には、ターリバーンが政権を回復することで「終結」しました。本紛争にて、イギリスはアメリカを始めとする「連合軍(多国籍軍)」に所属し、ターリバーンを相手に戦争しました。

 歴史を振り返ると、イギリスは昔から何度も戦争に参戦しています。(宗教や領土、世界大戦など。) イギリスは、「リベラリズム」によって世界の軸をリードしてきた「戦勝国」ですが、一方で「加害者国」でもあります。この「リベラリズム」は「人権や民主主義、自由」を重視します。とりわけグローバル化が進む現代では、国際的責任が考慮されるため、他国で戦争やテロがあれば、それらを見過ごすのではなく、時には「倫理的に基づいた」軍事介入も求められるのです。
 そして本作が公開された2022年に、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発しました。イギリスを含め、世界ではこれに立ち向かうための「人道的な戦争」への姿勢が求められており、その背景で「戦地にいない人々の活動」を改めて描く必要があったのだと思います。

 本作は概形としては「ヒューマンで心温まる物語」ですが、その背景にはこの「イギリスが国際社会をリードしてきたという気概」があります。
 そのため、本作に登場する妻達は、戦争や軍隊そのものを「否定」していません。勿論、「戦争賛美」ではないけれど、かと言って「反戦映画」でもないのです。

2. シンプルでわかりやすく、歌のパワーが溢れる作品である。

 まず本作は、シンプルでわかりやすい内容だったので、混乱することなく、安心して観ることができました。「合唱団が結成されて世に知られる」という史実を元にしている故に、ある程度展開は「読める」作りにはなっていますが、そこまで気になりませんでした。恐らく、予め「ゴール」がわかっていて、それまでの「過程」を知りたい人向きの作品かもしれません。
 また、ドキュメンタリー風のヒューマンドラマ故に、リアリティーはとても高く、この合唱団のメンバーが本当に「実在」しているかのようでした。彼女らが置かれた立場や今まで歩んできた経歴故に、彼女らの心情を必ずしも「ポジティブ」に受け取れる訳ではないものの、「こういう思いをしたら、こう考えてもおかしくはないよな」と、自分の中で考えを巡らせることが出来たので、キャラの行動にそこまで「違和感」は覚えませんでした。
 そして、やはり「歌のパワー」には圧倒されました。音楽をテーマにした作品はこれまでも沢山ありますが、本作を観て、改めて音楽は絶大な力を持つことを実感しました。
 この「合唱」は医学的にも「プラスの効果」があることがわかっているそうです。特に、軍人の家族は転勤が多く、根を下ろしたり、新しい友人を作るのが難しいとされています。特に愛する人が長期不在になる時期は、女性は孤独を感じることが多いです。そのため、合唱で歌うと、ストレス緩和や孤立感、不安感、抑うつ状態の改善に繋がると言われています。
 本作では、有名曲を沢山起用したので、「あっこれ知ってる」とか「聴いたことある」と感じることが多く、その度にキャラに親近感が湧きました。
 例えば、ロビー・ウィリアムズの「エンジェル」、エルトン・ジョン&キキ・ディーの「ドント・ゴー・ブレイキング・マイ・ハート」、スパイス・ガールの「ワナビー」など、アーティストに詳しくなくても、一度は聴いたことがある曲が多かったです。
 何より一番印象的だったのは、シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」です。この曲の合唱シーンが予告編で流れたとき、思わず心を奪われ、本作を観たいと思いました。
 本作、「天使にラブソングを…」、「スウィングガールズ」、「リトル・ダンサー」、「コーダ あいのうた」、「エール!」辺りが好きな方は嵌まるかもしれません。
 さらに、「グリーフケア」の観点もあるように思います。大切な人の死を音楽で癒やす、乗り越えて前に進む話は、「リメンバー・ミー」や「2分の1の魔法」の要素も感じられました。所謂、ディズニー映画的な展開と面白さが好きな方にもお勧めです。

3. ギャグやユーモアを多用し、暗くしすぎない工夫はされている。

 本作は、「戦地に行った夫を待つ妻達」がテーマな故に、「帰国するまで生死が不明になる」怖さや不安は描かれています。(現に、サラは不安症になっていました。) しかし、ギャグやユーモアを多用し、作品を暗くしすぎない工夫はされていました。

 例えば、童謡の「かえるのうた」みたいなユニークな発声練習や、妻達が預けている子供達が、合唱の練習中にケイトやリサにちょっかいを出すところは思わず笑いました。
 また、レクリエーションのハイキングで皆が突然の雨に打たれ、トンネルで雨宿りした際に、一人が口ずさんだ歌が何となく「合唱」になって、トンネルの中で歌声が響いたシーンは好きです。
 そして皆で、「戦地にいる夫に何を送ったか」で話が盛り上がったとき、家族写真・クロスワードパズル・グラビアコラ写真・ラ○ドールなどが出てきて、段々「際どい」展開になっていきました。サラの家のテディベアの向きも「体位」を思わせる状態になっていたり…思わずツッコみたくなるギャグやユーモアは多用されていました。さらに、終盤にてケイトとリサが皆の前で言い争うシーンでは「Fワード」が飛び交います。
 正直、皆がここまで「あっけらかん」と話すことには驚きました。
 このように、意外と「下のネタ」が多いので、そこは「注意」かなと思います。最も、映倫のレーティングが「G」指定ということもあり、「直接的な」シーンはありませんし、お子様と観ても特段「悪影響」になる程でもないですが。

4. ヒナゲシじゃなくてヒマワリになろう!

 本作の原題は「軍人の妻たち」です。夫とは違って、直接戦地には赴かない妻達が軍隊や戦争にどう向き合っているのかが描かれます。
 ケイトは、「軍は私達が謙虚なヒナゲシであることを望んでいる」とこぼします。しかし、リサは「私達はヒマワリになってやろうよ!」と笑って返します。
 ここからは、「妻は夫に一歩下がるのではなく、共に歩む存在でいたい」という彼女らの強い意志が感じられました。

5. ケイトの性格・行動には賛否両論ありそう。

 本作で一番気になったのは、主人公ケイトの性格と行動です。とにかく彼女は「癖」が強く、リサとは合唱団のやり方を巡って何度も衝突します。
 詳細は後述しますが、ケイトが一々場を引っ掻き回すところにはイライラしました。なので、彼女の心情を汲み取れるかどうかが、物語を楽しむ鍵になるかと思います。

6. 目的と手段を取り違えると、ややこしくなるよ。

 前述より、ケイトにはかなりイライラさせられる展開が続きます。その理由は、彼女が「目的と手段を取り違えてしまっている」故でしょう。
 本来の目的は「合唱で楽しむこと」なのに、メディアに取り上げられたことで「名声」や「成功」に拘ってしまいます。例えば、「楽譜が無いと歌えない」とか、「流行りの歌は駄目」など、完璧主義の拘りの強さが悉く裏目に出てしまいます。
 また、彼女は「息子の死により、ポッカリ空いてしまった心を何とかして埋めたい」気持ちをひた隠しにするものの、これらの行動によって周囲に滲み出てしまい、(そこまで求められていないのに)場をやたら仕切りたがったり、余計なお節介を焼いてしまったり、行動が空回りします。正に「姉御」になりすぎて、「貴方のため」を押し付けてしまいがちなタイプです。
 この辺の取り残された「老害」感は、何となく、「ミラベルと魔法だらけの家」のアルマ、「ドリームプラン」のリチャード、「トップガン・マーヴェリック」のマーヴェリック、「バズ・ライトイヤー」のバズ・ライトイヤーを彷彿とさせます。

7. 「今までの自分を乗り越える」、主人公の話だけでなく、群像劇としても作られている。

 本作は「今までの自分を乗り越える」話としても描かれており、それは主人公のケイトのみならず、皆に当てはまります。作中では、「自分の敵は自分」になる状況が何度も起こります。
 自己主張の強さやお節介な性格故に、周囲に「敵」を作りがちなケイトや、母子家庭状態で余裕がなく、娘に厳しく接してしまうも、跳ねっ返りな娘に手を焼くリサ、あがり症故に声に自信がないジェスや、声が「個性的」過ぎる故に、他の人と中々合わせられないルビーなど、各々問題やコンプレックスに対峙しますが、それらを「乗り越えよう」ともがき、自分なりの答えを見つけていきます。

8. 「人の死」による辛さ・悲しみ・怒りを、誰かへの「祈り」に変えよう。

 やがて彼女達の活動が徐々に周囲に知られるようになり、遂に「戦没者追悼式典」へのオファーが届きます。成功と失敗を積み重ねながらも、皆で頑張っている最中、「悲しい出来事」が起こります。
 サラの夫の葬式にて、皆は「アヴェ・マリア」を合唱し、彼を見送ります。※ここは私見ですが、サラの夫の葬式、何となく「鋼の錬金術師」のヒューズ中佐の葬式を思い出しました。
 最初は皆悲しみに暮れて、式典参加を辞退しようと考えますが、サラは「ジェス、貴方の声で救われた。だから皆と式典で歌いたい」と伝えます。
 奇しくも、このときの合唱がサラとジェスの殻を「破った」のです。

 一方、本番では「オリジナルソング」を歌うことになり、作詞・作曲を任されたリサ。皆の家族宛の手紙から各々「好きな一文」を抜き出して、曲を作ります。しかし、後ひと押しが出来ず、行き詰まってしまいます。そこで、「ある事」を思いつき、「独断」で決行するのですが…
 その結果、ケイトとリサは大喧嘩に発展しました。ケイトは泣きながら自宅に向かい、息子が遺した車の中でむせび泣きました。周囲には気丈に振る舞っていても、息子の死を乗り越えられずに「長い間傷ついていた」ケイト、リチャードがいない間に「買い物依存症」に陥っていました。
 そんな中、退院したリチャードが車中のケイトに気づき、お互いの思いをぶつけ合います。漸くお互いの「心の傷」に気付いた夫婦は、「ドライブ」に出かけます。
 暫くして「2つの道」に分かれた道路標識を見つけたとき、リチャードはケイトに「どちらへ行くか」聞きます。ケイトは少し悩みながらも、「ロンドン」と答えます。ここで、「駐屯地」に戻るのではなく、「ロンドン」へ行くことは、ケイトが自分の殻を「破った」瞬間だったと思います。
 それにしても、息子が遺したポンコツ車でロンドンへ行くところは笑いました。スピードが出るまで手動で後ろから押すのかよ!そして、後ろから白い煙出てるよ!と思わずツッコミました。

9. クライマックスはジーンと感動した。

 何とかして式典会場に辿り着いたケイトは楽屋に到着します。皆は驚きながらも、ケイトが戻ってきたことに安堵し、本番へ向かいます。
 クライマックスのライブシーンはジーンと感動しました。紆余曲折を経てこの舞台に立った合唱団からは、万感の思いが伝わりました。

 本作の合唱団をきっかけに、イギリスでは、合唱団の結成が広まりました。現在では、英国と海外で75もの合唱団があり、2,300人以上の軍に関係する女性が所属しています。
 最後、実際にある合唱団が、ZOOMみたいに画面を区切って、同じ曲(ウィー・アー・ファミリー(シスター・スレッジ))を歌うシーンは圧巻でした。

 それにしても、イギリスの戦没者追悼式典ってあんなに豪華にやるんですね。まるでライブみたいでした。日本の静かで厳か、どこか物悲しい感じとは全く違って驚きました。

 本作は、勿論「感動する」作品ですが、ワーワー泣くというよりは、要所要所でホロリと涙する作品かなと思います。
 ちなみにミュージカル化しても面白いと思います!

10. 勿論、「複雑な気持ち」にもなる。

 本作のように、戦争で軍人が出征し、残された家族が帰りを待つ話は、「現在進行系」で起きています。
 私も近所に米軍基地があるので、そこに駐在する家族の方はこんな風に過ごしているのかな、と彼らに思いを馳せるきっかけになりました。

 一方で、今年公開されたアフガニスタン紛争を、アフガニスタン国民から描いた映画「FLEE フリー」を観てから、本作を観ると、何とも複雑な気持ちになるのも事実です。※勿論、それが本作の「瑕疵」という訳ではないです。

 そのため、この2つの作品からは、一つの出来事(戦争や事件など)を「一方向のみから見る」だけでは、理解は「不十分」なんだと知らされました。色んな立場の意見や作品を読み、自分で考えることが必要だと気付かされました。

出典:
・シング・ア・ソング!笑顔を咲かす歌声 公式サイト

※ヘッダー画像はこちらから引用。

・シング・ア・ソング!笑顔を咲かす歌声 公式パンフレット

・アフガニスタン紛争(2001年-2021年)
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%95%E3%82%AC%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E7%B4%9B%E4%BA%89_(2001%E5%B9%B4-2021%E5%B9%B4)

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