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映画「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」感想

 一言で、ルイス・ウェインの半生映画であり、妻エミリーと猫との固く結ばれた絆の物語です。精神疾患、ヤングケアラーなどの重い話はありますが、彼が遺した猫の作品は愛らしく、世界中で愛される所以がわかりました。

評価「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。
 また、本作は発達障害と精神疾患、ヤングケアラーを扱った作品故に、本感想でもそのことに一部触れていますが、当事者の方に対する中傷などの意図はございません。

 本作は、ルイス・ウェイン(Louis Wain, 1860年8月5日 - 1939年7月4日)の伝記映画です。彼は19世紀末から20世紀初頭に活動したイギリスの画家、イラストレーターで、猫を対象とした作品で有名です。ジャンルはアウトサイダー・アートで、独学または趣味として素朴に制作された美術のカテゴリーに含まれます。晩年には統合失調症を患い、作品中にその痕跡をたどることができます。

 本作は、『ドクター・ストレンジ』や『パワー・オブ・ザ・ドッグ』などで有名なイギリスの名優、ベネディクト・カンバーバッチが主演兼製作総指揮を務めています。
 本作はミニシアター系中心の上映作品故に、上映館はそこまで多くはなかったですが、私が行った回はほぼ満席だったのに驚きました。

・主なあらすじ

 ルイス・ウェイン、彼はウェイン家では6人兄妹の長兄であり、彼以外の5人は全て妹でした。20歳の時に父が死去し、彼が一家の大黒柱として、母と妹達の生活費を稼がなくてはならなくなりました。ルイスは教師からフリーの画家となり、雑誌の挿絵として動物画や風景画を描き、生計を立てます。
 やがて、23歳で妹の家庭教師であったエミリー・リチャードソンと結婚します。そこに猫の「ピーター」が加わり、2人と1匹の幸せな生活に。しかし、3年後に彼女は乳癌により36歳で亡くなってしまいました。 
 その後、彼は「猫の絵」で大成功します。母と妹達を養うためにさらに熱心に働きますが、経済的な感覚に乏しいことが仇となり、仕事で騙されることが増えていきます。
 この時期を境としてルイスの人気には、陰りが見え始めます。さらに積もり積もった心労により、彼は徐々に「病魔」に冒されるようになり…

・主な登場人物

・ルイス・ウェイン:ベネディクト・カンバーバッチ
 本作の主人公。「猫の絵」で大成功を収めますが…

・エミリー・リチャードソン=ウェイン:クレア・フォイ
 ルイスの妻で、彼よりも10歳年上。結婚からわずか3年で乳癌により死去します。

・キャロライン・ウェイン:アンドレア・ライズボロー
 ウェイン家の長女でルイスにとっては一番年の近い妹。別居している母に代わって、ウェイン家の「母親」になります。

・ウィリアム・イングラム卿:トビー・ジョーンズ
 ルイスにとっての上司でありパトロン。彼の仕事の方向性を決定づけるも…

・ナレーション:オリヴィア・コールマン

1. ルイス・ウェインの猫作品好きにはお勧めな一本。

 本作は、「ザ・お猫様映画」でした。夫婦が飼っていた猫ピーターを始め、とにかく色んな所に沢山の猫が登場します。生身の猫からイラストの猫まで、お猫様好きにはお勧めな作品です。

 また、「アート映画」っぽさもあります。スクリーンから伝わる色彩がとても綺麗で、まるで絵画の中に入ったかのようでした。
 結婚後、ルイスとエミリーは北ロンドンのハムステッドで生活を始めました。ここは、森と湖の豊かな自然に囲まれた場所で、創作にはもってこいの場所でした。夫妻は、ここで束の間の幸せな時間を過ごしました。

 作中にて、「とある景色」が絵になるのですが、これは夫婦と猫の思い出の場所になりました。これと、ルイスが最期にそこに向かうシーンは「鏡」になっているのですが、ここの表現は圧巻でした。

2. 傍から見れば凸凹夫妻、でも二人の絆はとても強かった。

 本作は、そのタイトル通り、ウェイン夫妻と猫との固く結ばれた絆の物語です。

 ルイスは、生まれつき口唇口蓋裂があり、10歳になるまで学校に通うことが出来ませんでした。学校も休みがちで、ロンドンを放浪して過ごしていました。
 また、幼い頃から悪夢・妄想癖・PTSDによるフラッシュバックに悩まされてきました。今「起きている」事象が現実なのか妄想なのか、自身で判断できなくなってしまうのです。
 例えば、彼が嵐の夢を見ていると、徐々に家が浸水したようになり、それに何度もうなされます。勿論、これは「リアルでは起きていない」のですが、夢のシーンは迫力があって怖かったです。本当に現実で起きてしまっているのではないかと思うほどでした。

 一方で、彼は絵が得意で、対象物を写実的に描ける才能を持っていました。(今で言う、「サヴァン症候群」の気があるのかなと。)そういえば、絵の驚異的な才能と放浪癖は、日本の画家である山下清氏を思い出します。

 ある日、家族で演劇『テンペスト』を鑑賞中に、ルイスは嵐のシーンでフラッシュバックを起こしてしまい、男性トイレに駆け込みます。それを見ていたエミリーは彼を追いかけ、落ち着くまでそっと寄り添います。そのとき、彼の中で「何か」が生まれたのでした。
 しかし、トイレに来た客からは、なぜ女性が男性トイレにいるんだと揶揄され、一家は注目の的に。ルイスとエミリー、現代なら何も問題のないカップルですが、当時のイギリスでは「ありえない」レベルでした。10歳差で、しかも姉さん女房、そして画家と家庭教師という、「身分違いの恋」故に、行き遅れの女が色目と家庭教師という立場を利用して男に取り入ったなどのゴシップが絶えませんでした。当然、家族からも二人の交際は反対されます。しかし、ルイスはそれを押し切って彼女と結婚しました。

 前述より、二人の結婚生活は妹達とは「別居」でした。そりゃ、エミリーのことを考えたらそうなりますよね。
 エミリーも、ルイスほどハッキリとわかるものではないものの、何らかの「特性」があったように思います。彼女は「苦しいときは閉所にいると安心する」と言っていたので。
 だから、夫妻は「二人でいることで、足りないものをお互いが補い合えれば良い」と考えていたのかもしれません。傍から見れば凸凹夫妻だったかもしれない、でもその分二人の絆はとても強いものとなったのでしょう。

 ある日、夫婦は仔猫を拾い、「ピーター」と名付けて子供のように可愛がりました。しかし、その直後、エミリーは末期の乳癌、余命僅かと診断されてしまいます。
 ルイスは病で苦しむ妻を喜ばせようと、ピーターに眼鏡を着けさせ、読書をしているかのようなポーズをとらせて「擬人化」させていました。後に、この猫が彼の「画家としての方向を決定づけた」と言われています。
 わずか3年の結婚生活だった二人、しかし「夫婦の絆に過ごした長さは関係ない」のかもしれません。ルイスは生涯を通して、片時も彼女を忘れることはありませんでした。

3. ヤングケアラー話と精神疾患話でもある。

 前述より、本作は「猫の話」と「ウェイン夫妻の話」ですが、一方で「ヤングケアラー」と「精神疾患」についても触れられています。

 元々、家族構成より「一家の大黒柱」だったルイス、家の家計は専ら彼頼みでした。当時の上流階級の女性は働かないものだったのでしょう。
 実際に「働く女性」だったエミリーを「見下す」ような発言がありましたし。※最も、姉妹達が「働かない」のは、現代の私達から見ればかなり違和感があるのですが、この当時の価値観はこうだったんですよね。

 妻の死後、「出戻り」したルイスに対し、相変わらず母と妹達は援助を要求します。これ、今で言えば、「毒家族」に近いのではないかと思います。所謂、女家族に囲まれた男の肩身の狭さがヒシヒシと伝わってきました。
 勿論、個人や家族を中傷する意図はございません。今なら「そんな家族からは逃げていい、捨てていい」という意見があるかもしれませんが、この当時は「家族が絶対、逃げるなんてあり得ない!」というのが常識だったのはわかります。

 その後、彼の描いた「猫の絵」が大ヒットします。年間に何百というイラストが発表され、グッズは飛ぶように売れ、毎年彼の作品集をまとめた『ルイス・ウェイン年鑑』なる作品集も発行された程でした。
 加えて彼の「お猫様愛」は凄まじく、1898年から1911年まで彼は「ナショナル・キャット・クラブ」の委員長に就任したり、いくつかの動物保護団体に関与していたり、以前にも増して精力的に働きました。
 当時、ネズミ退治役として軽く見られるか、不吉な存在として恐れられていた猫の魅力を最初に「発見」したと称され、一躍時の人となります。  

 しかし、彼はビジネス的なセンスが全く無かったのが致命的でした。著作権対策をしなかったため、版権を勝手に使われて、出版社には安く作品を買い叩かれてしまいました。気性は穏やかでだまされやすい性格故に、権利関係は取引相手に任せっきりになってしまい、割の悪い契約を押し付けられることも多々ありました。
 そして、1907年のニューヨークへの旅行においては作品は高い評価を受けましたが、後先を見ない買物の為に懐具合は旅行前よりさらに悪化してしまいました。

 だから「作品が売れていて儲かっている」はずなのに、家計はいつも火の車になっていたのです。加えて母と妹達を養わないといけないため、それも拍車をかけていました。幸いギャンブルや女遊びに手を染めてないのは良かったかもしれませんが。

 さらに、1910年代頃から、度重なる戦争で思うように事業展開できなくなっていきます。彼の製品を載せた貨物船が沈没して、その多くが海底に沈んだ描写は悲しかったです。戦争は人命だけでなく、色んな思想や芸術をも奪ってしまったのですね。

 ルイス自身は元々生活力がなく、お金の管理もできない性格だったのですが、その上で彼の家族での立ち位置や、周囲の状況がどんどん悪化していったことで、運悪く病気になる要素が揃ってしまったのでしょう。今なら「何らかの発達障害」の診断が下りるかもしれません。

 一方で、ルイス以外のウェイン家の家人達も、似たような症状に悩まされていました。
 特に、妹の一人のマリーは、ルイスと同様に、幼い頃から悪夢に悩まされていました。やがて彼女は、統合失調症とハンセン病と診断され、暴れて手がつけられなくなり、強制入院させられてしまいました。
 精神疾患家族がいる家故に、嫁に行くことも婿を迎えることもできず、ウェイン家は没落の一途を辿ります。※これは、やはり「遺伝的」だった可能性を考えてしまいます。

 また、ルイスのすぐ下の長妹のキャロラインは皆の「母代わり」となり、可能な限り家族のサポートに回りました。つまり、ルイスとキャロラインは「ヤングケアラー」状態で一生を終えたのです。
 結局、家族はルイス以外、全員未婚で生涯を終えました。そして、ルイスとエミリーの間には子供がいなかったので、結局、家系は途絶えてしまいました。

 改めて、昔の作品は、精神疾患描写が倫理的に「酷い」ものが多いです。この分野の治療は、後進的だったんですよね。この当時は、現代よりも「偏見」や「村八分意識」が強く、一度罹患したら人生終わりと見なされたり、親族共々腫れ物扱いされたり、かなり酷い状況だったことが伝わってきました。

4. 統合失調症を発症し、絵の描き方が変わっていく所は恐ろしくもあり、神秘的でもある。

 ルイスが罹患したのは、精神疾患の一つである「統合失調症」でした。

 これは、「陽性症状」と「陰性症状」があり、前者は幻覚と妄想、後者は意欲の低下、感情表現が少なくなるなどの症状があります。
 統合失調症の陽性症状のシーンは実際に彼が体験したことを再現したんだと思います。
 変わった音(実際には鳴ってない)が継続的に聴こえ、妻と猫が何度もフラッシュバックします。周囲の人の顔が全て「猫」に見え、ニューヨークからの帰途の船内では嵐に揺らされて部屋が「水浸し」になって溺れたようになり、大声を出してパニックを起こします。(勿論部屋は濡れてない。)
 これらは、学校教材やYou Tubeで観た、薬物をやった人の見え方と似ていて、怖かったです。

 また、この病気を発症してからルイスの絵の描き方も変わっていきます。
 発症直後は、猫の絵が光って見えるものの、直接的に「猫」とわかる描き方ですが、徐々に絵が「抽象的」になり、やがて万華鏡を覗き込んだみたいにサイケデリック調で幾何学的な形態な絵柄に変容していきます。
 この辺の絵の描き方が変わっていく過程は恐ろしく感じますが、一方で神秘的で美しいとも感じました。

5. 全体的には淡々としたヨーロッパテイストの作品である。

 本作はイギリス映画なので、全体的には淡々とした作品でした。スローテンポでドキュメンタリータッチの典型的なヨーロッパテイスト作品でした。

 所謂、実在した人間の人物伝なので、「起承転結」はあるけれども、アメリカのハリウッドで創られる伝記映画のような、わかりやすい盛り上がりを求める人には向かないかもしれません。

6. 電気は「繋がり」であり「愛」、独りにしないためのもの。

 ルイスは言動や暴力が酷くなり、遂に1924年、姉妹によって、スプリングフィールド精神病院の貧困者用病棟に収容されました。もう還暦を過ぎ、見た目は無頓着で耄碌(もうろく)しているかのように見えたルイス、一見すれば「才能が枯れた」と思われる程でした。

 しかし、1年後、彼が病院に隔離されていることが知られるようになると、かの有名SF作家であるハーバート・ジョージ・ウェルズなどの嘆願や多くの人の寄付、基金設立、当時の首相の介入により、彼の治療環境は改善されるようになりました。

 やがて彼は王立ベスレム病院へと移され、続いて1930年には北ロンドンハートフォードシャーのナプスバリー病院へと転院しました。この病院には患者たちのために心地よい庭が用意されており、そこには数匹の猫が飼育されていたのです。

 彼は死去するまでの9年間をこの施設で過ごし、本来の穏やかな性格を少しずつ取り戻していきました。気が向けば以前のように猫の絵に取りかかりますが、それらの作品は原色を多用した色使い、花を模した抽象的な幾何学模様になっていました。

 ウェルズは、彼を高く評価し、「ルイス・ウェインは猫を自分のものにした。彼は猫のスタイル、猫の社会、猫の世界全体を発明した。彼の猫のようでないイギリスの猫は、自分たちを恥じている」と述べています。
 あの文豪・夏目漱石も、ルイスの猫を『吾輩は猫である』のモチーフにしたとも言われています。
 彼の死後、1960年代のサイケデリック・ムーブメント時に、彼の作品への関心が再び高まり、人気になりました。

 確かに彼は病気を発症したことで「喪った」ものは多かったのかもしれない、でも発症後に「得た」ものもあったのかもしれません。
 このように、精神疾患を下手に「タブー視」しない描き方は良かったです。

 彼は生前「電気が見える」と話していましたが、実は「何かを見出そうとしていた?」のかなと思います。
 家族からは「搾取」され、妻と猫とは早くに死別し、発病してからはずっと一人だったルイス、それだからこそ彼は「繋がり」を求めていたのかもしれません。彼に見えていた「電気」猫の絵が光って見えたのも、これらを通して人と「繋がりたい」気持ちの現れだったのかなと思います。それを彼に注いでくれたのがエミリーであり、ピーターだった。それらは正に「愛」だったのでしょう。

 もう上映館は少ないので、口コミ貢献はあまり出来てないですが、ご興味がある方は是非!


出典: 

・映画「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」公式サイト

※ヘッダーは公式サイトから引用。

・映画「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」公式パンフレット

・ルイス・ウェイン Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3

・映画「ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ」Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%B3_%E7%94%9F%E6%B6%AF%E6%84%9B%E3%81%97%E3%81%9F%E5%A6%BB%E3%81%A8%E3%83%8D%E3%82%B3

・カラパイア〜猫を描き続けた画家、ルイス・ウェインに関する真実https://karapaia.com/archives/52212508.html

・Artpedia アートペディア/ 近現代美術の百科事典 ルイス・ウェイン / Louis Wain 統合失調症になった猫画家


・厚生労働省 知ることから始めよう
みんなのメンタルヘルス 統合失調症https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_into.html


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