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カメラ師匠のはなし

ぼくには写真の師匠がいた。
といっても師弟関係を結んでいたわけではない。ぼくが勝手に慕って勝手に心の中で師匠と呼んでいただけだった。彼はぼくよりも5つか6つ年上で、兄貴のような存在でもあった。当時彼はフォトグラファーで、ぼくは広告の演出家をやっていた。ぼくは広告の中でも映像を専門にやっていたから写真という切り口で師匠と仕事をしたことはない。ではなぜフォトグラファーである彼と一緒に仕事をするようになったかと言えば、デジタル一眼レフで動画の撮影ができるようになったからである。具体的に言えば、キヤノンのEOS 5Dが世界を一変させたのだ。
 
ビデオカメラでフィルムのように撮影したいという思いはぼくの中でずっとあって、でもそれを実現するにはフィルムサイズの大きな撮像素子が必要なこともわかっていた。世の中にはぼくのような要求が少なからずあって、例えばP+Sというアダプターをレンズとカメラの間に挟むことで擬似的にスーパー35サイズの被写界深度が得られるようなガジェットもあった。そしてぼくがこのアダプターを使いたいという度にカメラマンたちはあからさまに嫌な顔をしたものだった。映像でフィルム撮影がなくなって、ビデオカメラしか触らなくなった当時のカメラマンたちはパンフォーカスに慣れすぎてしまっていたからである。
 
すでにコンデジでは当たり前になっていた動画撮影が、デジタル一眼レフで実現した。このニュースに小躍りして喜んだひとりがぼくだった。ついにフィルムライクな映像が簡単に撮影できる時代が来たと思った。その頃はまだ自分で撮影するということはしていなかったから、誰かに撮ってもらわなければいけない。そしてそれはビデオに慣れたカメラマンよりも写真家のほうがいいと思ったのである。
 
彼には動画の知識がなかったから、ぼくはせっせと動画のフォーマットや動画撮影の作法などを教えていった。ほとんどぶっつけ本番みたいな仕事もあったが、ぼくは彼のフレーミングを信用していたし、ぼくがいれば動画撮影で問題があっても解決できるから、彼にはどんどん撮影してもらった。そしてその横で彼の技術を学ばせてもらったのである。
 
例えば写真はストロボを使うけど動画では定常光を使うといった違いは当然あるが、突き詰めれば動画と静止画は大差ないものとぼくは考えている。彼は写真を撮るように動画を扱ったし、そのおかげで彼の写真技術や態度を間近で見ることができたのはぼくにとってとても大きな財産になった。
 
ある初冬の夕方。撮影の帰り道で丸の内あたりを一緒に歩いていたときである。斜めに差し込んだ夕日が美しくビルのガラスを輝かせていた。ぼくはきれいですねといって持っていたコンデジで何枚か写真を撮った。すると彼はこういったのである。
 
こんな光の中だったら誰が撮ってもきれいに撮れる、と。
 
何気ない一言だったと思うが、ぼくにとってはとても多くの示唆に満ちた言葉になったのだと思う。なぜかと言えば折に触れてその言葉を思い出すし、10年以上が経過した今でさえそのときの様子をありありと思い浮かべることができるからである。
 
きれいなものをきれいに撮ってきれいだね、は当たり前だ。表現するとはそこを超えたところにあるのだよということを教えてもらったそんな気がした。
 
きれいなものに価値がないとは言わない。しかしそれは写真に価値があるのではなくて、そのものに価値があるだけである。
 
だれでも撮れるものを撮ってどうするの?
 
この一言から色々な意味が読み取れるのだ。だからぼくはこの言葉を忘れないのだろう。
 
ぼくの師匠はツァイスが好きだった。キヤノン純正レンズと撮り比べたのを見せてくれて、ツァイスいいべと嬉しそうに言っていたのを思い出す。それもあって、今ぼくもツァイス好きになっている。ソニーを使うのは他にも理由があるが、ツァイスがたくさん使えるというのも理由のひとつと言えるだろう。
 
彼はもういない。これからもっと仕事をしようと言っていた矢先に交通事故で亡くなってしまった。あまりにもあっけなくいなくなってしまった。もう15年以上前のことである。
 
それからぼくは師匠の歩んできた道を進むことになって時々振り返るのである。これであってますか、と。

写真を撮るぼくと師匠の影

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