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凛と、きつねと、夏の思い出。2




家を飛び出してから、ずいぶん時間が経った。昼間は町の図書館で過ごして、閉まっちゃったからまた歩いて… とうとう行き場をなくした。丁度たどり着いた公園で、持っていたスケッチブックを膝に置いてベンチに疲れた身体を沈ませた。




(ゆーうやけこやけで ひがくれてー
やーまのおてらの かねがなるー)
5時のチャイムが、辺りに鳴り響く。
顔を上げて周りをみてみる。低学年の子たちが、かけっこしながら、もう少し大人の子は、お友達と歌いながら、みんなお歌のとおりに、おててをつないで、それぞれのお家に帰っていった。電線にとまっていたカラスも、かあかあ、鳴いて山へと飛んで行って、公園は私一人だけとなった。


それでも、私は一向に、その場から動けなかった。いいや、動かなかった。今さら、帰るに帰れなかったのだ。
つまらない意地を張っているのは、自分でも分かっていた。だけど、今、皆の元へ帰ったら、自分が自分に負けたみたいで悔しかった。


スケッチブックを、ぺらぺら、めくってみる。今まで描いた絵が、そこにあった。春の初めに描いたたんぽぽとつくしの絵や、5月のこいのぼりが空に泳いでいる絵、校庭の裏でのんびり昼寝をするとら猫の絵....... 友だちと、宇宙ってどんなものか想像して、タコなんか描いて笑ったときの絵もある。いろんなものを描き留めたスケッチブックを、パタンと閉じ、表紙を撫でてみる。



お父さん、明日には迎えに来るって言っていたっけ.......。
お母さん…あんなに怒っていたから、東京に戻ったら、色鉛筆もスケッチブックも取り上げるに決まっている。もう…絵が描けなくなるかもしれない。

そんな風に考えてしまい、やるせなさがつのる。急に情けない気分になって、両目から、涙がポロリと流れた。
いやいや、泣くものか。今泣いたら、わたしはわたしに負けちゃう。眉間にぎゅっと力を込める。涙で濡れた頬を乾かすため、私は、すくっと立ち上がり、手に抱えたスケッチブックをぎゅっと抱きしめ、再び歩きだした。



田んぼのあぜ道を、野原の真ん中を、ずんずん歩いた。どこまでも稲穂と野原と杉の木ばっかりの景色に、ちょっと頭がクラクラしてきた。
どれほど、歩いたのだろう。すこし広いアスファルトの道に入り、ふと横をみると、林の前に居た。丘みたいにもりあがってて、近くでてっぺんを見ようとすると、さらにクラっときた。

林を真ん中からぱっくり分けたように道ができている。何段か石の階段があり、道の入口には、大きな鳥居がある。真っ赤で大きくそびえ立つ、立派な鳥居だった。鳥居の横にある立て札に、ヨシカワ…うんぬんかんぬん.......見た事のない漢字が書いてある。難しくて読めない。それでも、最後の2文字が、ジンジャ、と読むことだけは、私にも分かった。


あ、そうだ。はるか昔の記憶が甦る。小さな頃、ばあちゃんと2人で散歩したとき、ここの前を通りがかったことがあった。
赤い鳥居の神さま。たしか、じいちゃんは「おいなりさん」て、呼んでいた。


じっと、鳥居の奥の石段を見つめているうちに、吸い込まれる様に足が勝手に動いて、自然と林の道へ入った。


最初の石段は、すぐ登りきるほどの短さだった。その先の道は、山みたいにごつごつ、石が転がって危なそう。途中でくいっと急な坂に変わり、丘のてっぺんまで、鳥居がズラッと、道に沿って並んでいるようだった。

表の鳥居は綺麗で立派だけど、並んでいる鳥居は木肌がぼろぼろで、赤い塗装もところどころ剥げていた。その雰囲気が、この世のものじゃないような.......まるで別世界みたいで、気持ち悪かった。ちょうど日の入りが近いのもあって、辺り全体がなんだか薄暗く、なんだか良くないモノがいそうで… そんな風に想像したから、ゾゾゾっと悪寒がしてしまった。


.......この道をまっすぐ行ってしまったら、帰れなくなるかもしれない.......引き返そうかな.......
うん、もうよそう。そう思って踵を返した、
その時_____________

「お嬢ちゃん。こんな林まで来て、どうしたんだい?」
すぐ近くで、声がした。
びっくりして、スケッチブックを落としかけた。声がした方を、ぱっと振り向くと、道の脇に全く木の生えていないところがあった。ちょっとした広場になっていて、そこにおまつりでよく見るような、屋台が立っていた。屋根の軒にぶら下がっている提灯には「らーめん」と書いてある。

あれ?こんなのあったっけ??来た時は、この屋台に全然気がつかなかった.......
まるで、マジックのイリュージョンのように、屋台は、急に現れた。

屋台の前に誰か立っている。屋台のおじさん、かなあ。
「ええっと、あの.......」応えようと、おじさんの顔を見てみたら.......

なんと、キツネ、だった。また、胸がきゅっとしまるくらい、びっくりした。
体がかたまって動けずにいた。背中に汗がつぅー、と垂れる。


でも、キツネさんは、そんな私を見て、尻尾の先をくるくるしぱしぱ、上下させては、うーん?と首を傾げるだけ。
のほほんとした、キツネさんの顔を見ているうち、安心してきて、不思議と怖くはなくなった。


あ!そっか!思い出した。
「おいなりさんは、きつねなんやで。」
じいちゃんが、そう言っていた。
きっと、このキツネさんは、このお社の神さまなんだ。だから、怖くも恐ろしくも何ともないんだわ!わたしは、ほっと胸をなでおろした。

おっと、いけない!
神さまなら、手を合わせなきゃ!
ええっと....... ニレイニハクシュ、イチレイ.......て、教えてもらったから.......

わたしは、その場で、あたまを2回ペコペコ下げると、パンパンッと手を叩いて、手を合わせたまま、頭をまた下げた。
こ、これでバチは当たらないよね.......
今度こそ、ふぅ、と息を吐き出し、力を抜いた。

キツネの神さまの方を見た。顔をしかめたり、眉を下げたり、変な顔になっている。

(俺ゃ、神さまじゃあねえんだけどなあ.......)

聞き取れないほど小さい声で、何かぼそぼそ言っては、頭をぼりぼりかいていた。どうやら神さまは、何だか困ってるみたいだった。

「ここのおいなりさんは、みんなに親しまれとる。お前もおいなりさんを大事にせぇよ。」あのばあちゃんと散歩した日に、この神社の前で、そう教えられた。

そうよ、神さまが困っているなら、助けなきゃいけないわね!さっきまで鬱々としていたはずの気分は、どこかへ飛んでいった。私は、大きな声でハキハキ挨拶をした。



「神さま、はじめまして!私は、凛と言います!もし神さまが、困っているなら、私、あなたのチカラになります!」

思い切ってたずねてみる。すると、神さまは、また頭をぼりぼりかいて、
(だから神さまじゃないったら。うんたらかんたら.......) なにやらまたつぶやいて、それから、


「いやあ、おいらは困ってねえけどよ。さっきも言ったが、お嬢ちゃん、この辺の子か?いいのかい?こんな林の中へ来て。」
腰に手を当て、ずいっと頭を突き出し、神さまが私にたずねる。

「お父さんやお母さんは心配してやしないかい?もう夕日が沈みそうだ。真っ暗になる前に、帰らなくちゃいけないぜ。」


「あの、私は、じいちゃんとばあちゃんの家に遊びに来て.......それで.......お父さんとお母さんは.......」私は言いかけて、言葉に詰まった。

「.......いいの。お父さん、お母さんは。わからず屋だから.......。それに、じいちゃんとばあちゃんも.......。」スケッチブックを胸へ押し当て、きゅう、と抱きしめる。私は、そのまま俯くしかなくなった。


「何か帰れねえ事情があるみたいだな..............。」神さまの言葉に、軽く、うん、と頷く。



「まあ、こっち来て、座りな。」

頷いたっきり、突っ立って黙(だんま)りを決め込んだ私の様子を、見るに見かねた神さまが、屋台の中へ案内してくれた。


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