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凛と、きつねと、夏の思い出。



(前書き)


この物語の主人公について。

この女の子は、一体、どんな女の子なのでしょう。この子と同じような気持ちや想い、感性は、きっと、大人の皆さんにも、ある筈です。皆さんの感性で、この女の子がどんな子なのか、ぜひともイメージを広げてください。








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私と私のお母さんは、仲が悪い。

私は、絵を描くのが好きなのだけれど、そんな私を見て、お母さんは、
「絵ばっか描いてないで、きちんとお勉強なさい!!!」
いつも怒ってばかりいる。

「ほら、凛。お母さんの言うことはきちんと聞くんだよ。」
お父さんは、やっと仕事から帰ってきたと思ったら、私の事は注意しかしない。お母さんの肩を持ってばっかり。


そんなふうに言われちゃって、普段は憂鬱になっちゃうけど、夏休みは、特別。私の好きな、絵を自由に描く時間ができる。

夏休みは毎年、田舎の、じいちゃんとばあちゃんのお家に遊びにいく。両親のお仕事の関係で、いつも、私1人でお泊まりだったから、こっちのお家に居る時は、気楽にのびのび過ごしていた。

ここには、綺麗なもの、珍しいものがたくさんあった。
田んぼをのぞけば、オタマジャクシが整列している。どの子が一番お兄ちゃんか分からない。アメンボが泳いで、丸がたくさん生まれるのもいい。
野原でひっそりと咲いている、宵待草。まるで、童話のおやゆび姫のドレスみたいに、ひらひらしてて小さくて可愛い。
裏山を登ると、木と木の間から、町が見渡せる。周りの幹が額縁みたいで、それだけでひとつの絵になった。
もっと奥を眺めれば、山が夕日で真っ赤にそまる。ちょうど表面だけが赤いので、綺麗なおべべを着ているみたい。

東京では、絶対に見られないもの.......私は宝物の宝石をひとつひとつ、拾い集めるかのように、いつも傍らに持ち歩いてるスケッチブックと色鉛筆で、イメージをいっぱいいっぱい、描き入れた。




楽しい日はあっという間に過ぎて、8月も残す所、あと10日となった。本当なら今日は、東京の家へ帰る日だった。

でも、迎えに来たお母さんは、私のスケッチブックとまっさらのドリルを交互に見くらべて、
「また、絵を描いてばかりいたの?宿題はどうしたの?」
「凛、もう10歳よ。もうすぐ中学校に上がるのに、遊んでばかりじゃない!真面目にやんなさい!」
ほら、やっぱり怒られた。

私は、言い返す。
「宿題はちゃんとします。まだ、あと10日もあるじゃない。」
ふつふつと、怒りがこみあげてきた。こうなったら、言い切ってやらなきゃ、どうにも止まらなかった。
「..............私だって、悪いことしているつもりはないわ。ガミガミ怒ってばっかり.......お母さんのわからず屋!!」

「こら、凛。お母さんになんて口の利き方するんだ。凛が悪いよ。謝りなさい。」
横で聞いていた、お父さんが口を出す。

だけど、強気になった私は、
「お父さんも!凛の描く絵、褒めてくれたこと1度だって無いじゃない!お仕事ばっかで、私のこと、なんにも知らないんだから!」と言い返した。

そう言われたお父さんは、罰の悪そうな顔をした。


「.......私、帰らないから。わからず屋のお父さんとお母さんの家には。帰らないからね。」

お父さんは、困った顔をした。
お母さんは、ため息をついた。

「はあ.......こうなったら、凛は、もう言うこと聞かないわ。今日は、ここへ置いて帰りましょう。」

「すみません.......お義父さん、お義母さん。もう一日、凛を置いていただけませんか?」

じいちゃんとばあちゃんは、私たちが言いあっているのを、ずーっと、横で座って見ていた。
じいちゃんは、「うん。」とうなずき、ばあちゃんも、「ええよ、くにせんといてぇな。(気にしないでね、という方言)」と許可してくれた。

「仕方のない子ね。凛、一晩おじいちゃん家で頭を冷やしなさい。」そういうと、お母さんは部屋を出て行った。

「じゃあ、お願いします。明日また、迎えに来ますので.......」お父さんは、頭を下げて、お母さんの後をついて行き、2人は、帰って行った。見送ってなんかやらない、と、私は、引き戸とは反対の、床の間の方を向いた。


私がふてくされているのをみて、じいちゃんとばあちゃんは。これまた大きくため息を付いた。


「お前もまだまだ子供やなあ。お母ちゃんにちゃんと謝らなあかんで。」ばあちゃんは、困ったように、笑っている。


「ええか、凛。親は子供を心配して、厳しく言うのや。お前も、もうお姉さんなんやから、いい加減、分からにゃならん。」じいちゃんが諭すような言い方で、話しかけてくる。


「ひどい!じいちゃんもばあちゃんも、私が子どもだから、私に我慢しろって言うのね!!私だってちゃんと考えているのに!!!」大声で叫んで、勢いよく立ち上がった私に、じいちゃんもばあちゃんも、目を丸くした。

「お父さんもお母さんも、私の気持ち、ちっとも分かろうとしてくれない。私の心配なんてしてる訳ないじゃないの!!!」


そう言うと、私は足元のスケッチブックを掴み、じいちゃんとばあちゃんの制止の声を振り切って、カンカン照りの外へと飛び出した。




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