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嫌いな人への接し方。

嫌悪

誰しも、苦手だと感じたり
はっきりと認識するくらいに
嫌いだと感じる人がいるだろう。

理由は様々で
過去のどうしても許せない言動だったり
喋り方が嫌い、食べ方が嫌い、などなど
何かしら気になる一点があって
その本人を嫌ってしまう場合、
もしくは、ただただいけ好かない、
気に食わない場合だってある。


どれだけ好かれようと努力しても
必ず自分のことを嫌う奴はいるわけで
世の中全員に好かれると言うことは
到底無理なことだと諦めがつく。
その逆も然り。

そう考えてみれば
自分がどれだけ誰かを嫌ったとしても、
自分がその相手と合わなかっただけ。
そうやって割り切ることができる。

しかし、一番厄介なのは
自分が苦手、嫌いとする人が
やたらと自分に関わってくる場合だ。

苦手な人や嫌いな人と言うのは
そっと距離を置くのが正解だろうが
相手が関わってくる場合は話が違ってくる。

どうしても、逃げられない状況。と言うものが
自分の目の前に立ちはだかるのだ。

嫌いだから、と一刀両断なんて以ての外。


なるべく穏便にその場を立ち去れるように
できればしばらく関わらないで良いように
必死に脳内の引き出しを開けて
いろんな言葉を探しだす。

その場合、当たり障りのない言葉を
適当に並べてやり過ごすしかない。

ここで相手を傷付けないように
細心の注意を払うのは
せめてもの償いに似た優しさで、
できることなら今後は関わりたくない。と
心の中では思っていることもある。


誰にでも優しい人の言葉に
説得力が欠けるのと同じように
きっとその時の自分の言葉にも
説得力などないのであろうと感じながら…。



子供の頃は、誰かを嫌ったとしても
自分が誰かに嫌われたとしても
特に深く考えることなどなかった。

それは、子供ながらに
学校と言う閉鎖的な社会の中で
校則という小さな決まり事があり
その中で生活しているということ、
学校以外にも社会があり、
そこはもっと自由で
もっとたくさんの人と関わり合う
大人たちの世界なのだろうと
どこかで冷静に捉えていたのかもしれない。

あの頃、想像していた大人たちとは
今の自分は全く違う世界にいるように
あの頃と同じように苦手な人がいて
その付き合いに幾度となく悩む。

でも悩むということは、
それだけ真剣に生きている証拠と言えるだろう。

嫌いな人に対して、
俗に言う大人な対応と言うものができれば
少しはストレスも軽減されるのかもしれないが
正直なところ、
大人な対応をしてやりたくもない相手すらいる。

礼儀を欠いたような人間だ。
親の顔が見てみたいなどとは
子供相手に使うことではなく
大人相手に使う言葉なのではないだろうか。
全く、呆れるほどに身勝手な人間と言うのは
子供ならまだ許されたとしても
大人の身勝手は訳が違う。


できるだけ早急に、波風立てず、
そっと立ち去ることができるのならば
それが最善策だろうと思うが
どうしてもそうはいかない。

会話をしている場合なら特に
聞いているフリをしないといけない。

それも、こちらの意見は出さずに。


時間の無駄でしかないと思うが
そうするしかない場合もある。

状況を見極める、それは
自分にしかできないことであり
誰かの意見を参考にすると
ボロが出てしまうだろう。

だから、自分なりの解決策を
しっかりと考えておく必要がある。


嫌いな誰かのために
自分の意見を押し殺すことがないよう、
伝え方、逃げ方、交わし方、
いろんな手法を覚えておくと良いだろう。

こんな話も学校で教えてくれれば
授業中ももっと真面目に
勉学に励んでいたかもしれない。

なんて思ったりすることもあるが、
それはこれから先、
仲間や、後輩や、子供たちなんかに
もしも相談された時には
しっかりと答えられるように
自分が身を持って学んだと思えば
とてもいい経験ができたと思う。


どれだけ嫌いな人にも
その人なりの人生があり
その人の選択によって作られた人間性。

合う合わないは仕方のないこと。

自分が嫌ってる相手からなんて
嫌われてもいいと思うかもしれないが
強い感情はできるだけ持たれない方が楽だ。

だから、そっと、ゆっくり距離を置く。

冗談っぽく話を逸らすのもいいだろう。
でもそれができていたら悩む必要もない。
できないから悩む。
だったら最初から、
安全な策を選ぶ方が賢明だ。


自分の心に不要な情報は
なるべくシャットアウトして
自分の内側と向き合い、
自分がどのように生きていきたいのか
行き詰まった時は相談も大切だが
人の意見を聞く前にまず自分で考える。

そして、その問題が解決したときには
また同じような状況に遭ったとしても
過去の経験から学んだことを活かし
自分なりの解決策を見出せばいい。

家族や恋人への相談は
早めにしておいた方がいいし、
自己理解につながる場合もあるが、
気をつけなければいけないのは
友人への相談だ。
これは、相手によっては
自己成長の妨げになる場合もある。

そうやって人は成長して行くものだろう。


ひとつ成長できた頃には、
もう同じ問題に悩む必要がなくなり、
ふたつ成長できた頃には、
嫌いな人の類が変わっているかもしれない。

そうやって自分の成長を振り返ると
過去に大嫌いだった人に対して
今、その気持ちが薄らいでいることに気づく。


きっと、あの頃より
強く、逞しく、生きていけてるのだろう。

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